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きなこもち
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シャルル・アント
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第五十七話 あの日の天気
翌朝。
彼は目を覚ますと、
昨日の帰り道のことを思い出した。
駅。
隣にいた誰か。
それだけの記憶。
顔も声も思い出せない。
けれど、昨日までとは違った。
今までは「何かあった気がする」だけだった。
今日は、その日の空気まで少し残っている。
窓を開ける。
外は晴れていた。
その瞬間、なぜか昨日の記憶に引っかかった。
「あの日……雨だった?」
自分でも分からない。
彼は昔の天気を調べてみた。
事故の日。
その前日。
検索結果を見て、指が止まる。
事故の日は雨。
その前日は――晴れ。
昨日の記憶にあった空も、晴れていた。
偶然かもしれない。
それでも、彼は写真を見返した。
写真の中の空も、確かに晴れている。
『昨日のこと、思い出した』
彼女に送る。
『何を?』
『昔の駅』
『また?』
『うん。でも、少しだけ』
『どんな感じ?』
彼は言葉を探した。
『晴れてた』
しばらくして、彼女から返事が来た。
『……私も』
彼は画面を見つめた。
『え?』
『昨日帰ってから、昔の写真を見てたの』
『うん』
『その写真の空も晴れてた』
二人とも黙った。
写真に写っている日。
二人が会う予定だった日。
事故の前日。
晴れた日。
そして、その翌日に事故が起きた。
少しずつ、点が線になっていく。
でも、まだ分からない。
なぜ自分は記憶を失ったのか。
なぜ彼女も、その日のことを覚えていないのか。
そして、
なぜ二人の手元に同じキーホルダーがあるのか。
『ねえ』
彼女から届く。
『うん』
『昨日、会ってみて思ったんだけど』
『何?』
『私たち、過去のことばっかり考えなくてもいいのかもしれないね』
彼は少し考えた。
確かにそうだった。
昨日は、過去を調べるために会った。
でも、楽しかったのは
過去を探している時間ではなかった。
くだらない話をした時間。
一緒に歩いた時間。
笑った時間。
『俺もそう思う』
『じゃあ、また普通に遊ぼう』
『うん』
その言葉を送ってから、彼は少し笑った。
次に会う理由は、過去を探すためじゃなくてもいい。
そう思えた。
けれど、その日の夜。
彼が昔のデータを整理していると、
一つの音声ファイルを見つけた。
日付は、事故の前日。
再生する。
最初は雑音だけ。
そして――
誰かの笑い声。
続いて、自分の声。
「明日、ちゃんと渡すから」
そこで音声が途切れた。
彼は画面を見つめた。
「明日、ちゃんと渡す」
何を。
誰に。
その答えだけが、まだ記憶の向こう側にあった。
コメント
1件
うわあ…この話、すごく好き。朝の空気とか、二人が「晴れてた」で繋がる瞬間が静かに胸に沁みた。過去を探すためじゃなくても会っていいんだって思えたところ、私もほっとした。でも最後の音声ファイルで一気に引き戻される感じ…「明日、ちゃんと渡すから」って何を誰に…気になるよ、続きが待ち遠しい🌙🤍