テラーノベル
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昼を少し過ぎた頃。
後宮の廊下を歩いていた元貴は、女官から一枚の紙を渡された。
「これ、藤澤殿からです」
「…涼架さん?」
「はい。薬草を採取してこちらに届けてほしいと」
元貴は紙を見る。
そこには、いくつかの薬草の名前と、簡単な地図が書かれていた。
「……どうして僕が?」
「今日は妖少ないし暇でしよ?、と」
「あの人は僕を何だと思ってるんですか」
「頼まれたので……」
「……まあ、いいですけど」
元貴は紙を畳んだ。
それにしても、 なぜ自分なのだろう。
そもそも薬師なら自分で行けばいい。
「……あの人、絶対めんどくさがってるだけだろ」
元貴は小さく呟いた。
⸻
後宮から少し離れた町。
薬草を採取したあと教えられた場所へ向かうと、小さな店が見えてきた。
軒先には乾燥させた薬草が吊るされている。
その横に――。
「……いた」
縁側のような場所に座り、周りに薬草を広げていた。
そして。
「……寝てる?」
薬草を広げたまま、気持ちよさそうに目を閉じている。
元貴はしばらく立ち尽くした。
「……」
起こすべきか、 帰るべきか。
少し悩んでから。
「涼架さん」
「……んぅ」
「涼架さん」
「……あと三日」
「さっさと起きて仕事してください」
「……仕事してるよぉ」
「寝てますよね?」
「寝ながらできる仕事もあるの」
「ありません」
涼架はゆっくり目を開けた。
「あ、元貴くん」
「こんにちは」
「来てくれたんだぁ」
「あなたが呼んだんでしょう」
「そうだっけ」
「……」
元貴は深いため息をついた。
すると店の奥から、別の声が聞こえた。
「涼ちゃん!」
若井滉斗だった。
「おっ!元貴じゃん!」
「はじめましてっ!俺は若井滉斗。滉斗って読んで。名前もう知ってるよね?俺も元貴のこと知ってる。だからおあいこね!」
開幕から意味がわからないことを機関銃のように言われた。
何だコイツは。
しかも急に元貴って…何だコイツは。
「もーまた寝てんの?」
「寝てないよ」
「寝てたろ」
「休憩」
「まだ昼だぞ」
「昼寝は大事」
「……はいはい」
滉斗は呆れながら、涼架の周りから薬草を回収する。
「これ、めっちゃ傷んでる」
「え?」
「ほら」
「ほんとだ」
「ちゃんと見てよ」
「滉斗が見てくれるからいいじゃん」
「よくない」
そう言いながらも、滉斗の手つきは慣れていた。
薬草を種類ごとに分け、傷んでいるものを取り除いていく。
元貴はその様子を眺めていた。
「……仲がいいんですね」
「そう?」
涼架が元貴を見る。
「そう見えますけど」
「まあ、長い付き合いだから」
滉斗が答えた。
「涼ちゃん、昔からこんな感じなんだよ」
「こんな感じ?」
「めんどくさがり」
「余計なこと言わないでよ」
「事実だろ」
「……元貴くん」
「何です?」
「滉斗がいじめる」
「自業自得でしょう」
「元貴くんまで……」
涼架がしょんぼりと肩を落とす。
その姿が妙に子供っぽくて、 元貴は思わず笑った。
「……ふふ」
「笑った!」
「笑ってません」
「今笑ったよ」
「気のせいです」
「滉斗ぉ」
「俺に言うなよ」
滉斗が苦笑する。
「元貴、涼ちゃんに甘そう」
「どこがですか」
「今、笑った」
「……」
元貴は顔を逸らした。
何となく この二人といると、普段より気が抜ける。
それが少し不思議だった。
⸻
「そういえば」
滉斗が薬草を仕分けながら言った。
「元貴って、いつも後宮にいるの?」
「基本的には」
「大森家には?」
「……あまり」
元貴の声が少し低くなる。
滉斗はそれ以上聞かなかった。
涼架も何も言わない。
ただ、涼架が元貴の方を見て。
「そっか」
とだけ言った。
それ以上、踏み込まない。
その距離感が、元貴にはありがたかった。
「……貴方たちは?」
今度は元貴から聞く。
「俺たち?」
「ええ」
「ずっとここで暮らしてる」
「二人で?」
「うん」
涼架が頷く。
「人が多いところは疲れるからねぇ」
「涼ちゃんが特にね」
「だって視線がつらいもん…」
「涼ちゃん目立つもんね」
滉斗が笑う。
「妖とか陰陽師とかも、あんまり関わりたくないし」
涼架は何気なく言った。
元貴が顔を上げる。
「……陰陽師が嫌いなんですか?」
「嫌いっていうか」
涼架は少し考えた。
「面倒」
「……」
「妖も陰陽師も、どっちも面倒」
あまりにもあっさり言うので、元貴は思わず聞き返した。
「あなた、薬師ですよね?」
「うん」
「人を助ける仕事でしょう」
「そうだよ」
「なのに、そんなこと言うんですか」
「だって、俺が助けたいのは目の前で困ってる人だもん」
涼架は薬草を一つ摘まむ。
「妖がどうとか、陰陽師がどうとか。そういうのは別に興味ない」
「……ずいぶん自由ですね」
「そうかなぁ」
「そうですよ」
滉斗が横から口を挟んだ。
「涼ちゃんは昔からそうだよ。さっきも言ったけど」
「滉斗」
「ん?」
「また余計なこと言ってる」
「事実だろ」
「……」
涼架が滉斗の肩に寄りかかる。
「疲れた」
「まだ何もしてないだろ」
「したよ」
「寝てただけだろ」
「寝るのも体力使うの」
「はいはい」
滉斗は慣れた様子で涼架の頭を軽く押し返した。
元貴はその二人を見ていた。
何だかんだ言いながら 滉斗は涼架の面倒をよく見ている。
そして涼架も、滉斗にすごく甘えている。
「……本当に仲がいいんですね」
「でしょ?」
涼架が嬉しそうに笑う。
「自慢の滉斗」
「はいはい」
滉斗は苦笑した。
⸻
そのとき。
ちりん。
店先に吊るされた小さな風鈴がなった。
涼架が顔を上げる。
「……あ」
「どうした?」
滉斗の声が少し低くなった。
涼架は答えない。
ただ、町の外れを見る。
元貴もそちらへ視線を向けた。
「……妖?」
気配が 確かにある。
だが、かなり薄い。
「俺が行く」
滉斗が立ち上がった。
「うん」
涼架は止めない。
滉斗は店の奥から、奇妙な大鉈を持ってきた。
刀身には弦のようなものが張られている。
元貴が尋ねた。
「それ、本当に武器なんですか?」
「もちろん」
「変わった形ですね」
「使ってみる?」
「遠慮します」
「そう?」
滉斗が笑う。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
「――あっ、ちょっと待って」
涼架が滉斗を呼び止める。
そして。
ちゅ。
滉斗の額に、軽く口づけをした。
「んなっ……!」
滉斗の顔が一気に赤くなる。
「もう、びっくりするからやめてよね!」
涼架は楽しそうに笑った。
「ふふっ。おまじなーい」
「毎回、心臓止まっちゃいそうになるんだから…」
「とにかく!気をつけてね」
「……分かってる」
「無理しちゃ駄目だよ?」
「分かってるって」
滉斗はまだ少し赤い顔のまま、大鉈を担いだ。
「涼ちゃんこそ、ちゃんと店番してろよ」
「分かってるよ」
「寝るなよ?」
「……努力する」
「絶対寝るじゃん」
「じゃあねぇ」
「はいはい」
滉斗は笑いながら、町の外へ駆けていった。
その背中をふたりで見送った。
「……一人で大丈夫なんですか?」
「うん」
「妖ですよ?」
「大丈夫」
涼架はあっさり答えた。
「滉斗、強いから」
その声には、迷いがなかった。
「……ずいぶん信頼してるんですね」
「うん」
涼架は迷いなく頷く。
「たぶん滉斗のことを一番知ってるのは俺だから」
その一言だけは。
冗談でも、軽口でもなかった。
元貴は何も言えなかった。
やがて、思い出したように口を開く。
「……さっきのおまじない」
「ん?」
「滉斗に何かしましたよね」
「……」
涼架が目を逸らす。
「ちょっとご加護を」
「ご加護?」
「うん」
「何の?」
「それは――」
涼架は笑った。
「この話、おわりっ!」
「……誤魔化しましたね」
「気のせい気のせい」
「絶対そうでしょう」
「ほら、薬草でも整理しよ?」
「話を逸らさないでください」
「元貴くん、細かいなぁ」
「貴方が怪しいんですよ」
「ひどい!」
⸻
しばらくして。
町の外から、風を切る音が聞こえた。
そして。
「ただいまー」
「おかえり」
滉斗が戻ってくる。
「終わった?」
「終わった」
「怪我は?」
「ない」
「ほんと?」
「ほんと」
涼架は滉斗の腕を掴んで確認する。
肩、 腕、首元。
「……大丈夫だって」
「ならよかった」
涼架は笑いながら、滉斗の肩に頭を乗せた。
「疲れた?」
「妖倒しただけで疲れない」
「じゃあ薬草手伝って」
「それは別」
「なんでぇ」
「俺は護衛」
「薬師の護衛なら薬草も仕事でしょ」
「違う」
「えー」
二人のやり取りを見て 元貴はまた笑ってしまった。
「……ふっ」
「ほら!」
涼架が指差す。
「また笑った!」
「笑ってません」
「絶対笑った」
「……貴方たち、うるさいですよ」
「元貴くんも仲間になってきたねぇ」
「どこがですか」
そんなやり取りをしているうちに 夕方になった。
⸻
帰り際。
元貴は店の前で足を止めた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
涼架が笑う。
「また来てね」
「仕事があれば」
「なくても来ていいよ」
「……」
元貴は少し考える。
「考えておきます」
「うん」
涼架は嬉しそうだった。
その隣で滉斗も笑う。
「涼ちゃん、友達増えてよかったな」
涼架が元貴を見る。
「ともだちっ!」
「……まだ知り合いでしょう」
「そっかぁ」
少し残念そうにする。
元貴はその顔を見て。
「……まあ」
少しだけ言葉を選ぶ。
「知り合いよりは、近くてもいいですけど」
涼架の顔がぱっと明るくなった。
「ほんと?」
「はい」
「じゃあ友達?」
「……たぶん」
「やったぁ」
涼架が嬉しそうに笑う。
滉斗が呆れたように笑った。
「涼ちゃん、よかったな」
「うん!」
元貴はそんな二人を見ながら思う。
不思議な二人だ。
何故だか 自分も、この二人のそばにいると 昔からここにいたような気がする。
その理由は、まだ分からない。
「元貴くん!」
「はい?」
「ちょっとこっち来て」
「何です?」
涼架が手招きする。
元貴が近づく。
そして。
ちゅ。
「……え」
額に、柔らかな感触。
「ご加護あれっ」
「…………」
元貴の顔が一気に熱くなる。
「な、何してるんですか……!」
「おまじない」
「滉斗のときもそうでしたけど!」
「うん」
「何が『うん』なんですか!」
涼架は楽しそうに笑う。
隣では滉斗が腹を抱えて笑っていた。
「はははっ! 元貴、顔真っ赤!」
「笑わないでください!」
「いや、ごめん。でも涼ちゃん、容赦ないな」
「だって元貴くん可愛いんだもん」
「……っ」
元貴はさらに顔を赤くした。
「……本当に、この人は……」
けれど。
口元には。
ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
――今日は。
久しぶりに、心から笑った気がした。
⸻
夜。
店を閉めた涼架は、縁側に座っていた。
滉斗が隣に腰を下ろす。
「……元貴にもご加護あげたんだ」
「ん?」
「いや。帰る前にやってたじゃん」
涼架は少しだけ考える。
「まぁ…切れちゃったら嫌だし。たぶん永久的に切れることはないけどね。気休めだよ」
「涼ちゃんらしいや」
滉斗も空を見る。
しばらく沈黙が続いた。
やがて涼架が、小さく呟いた。
「……懐かしいね」
「何が?」
「あのときみたい」
涼架は笑った。
そして 懐から横笛を取り出す。
「吹くの?」
「うん」
「また?」
「好きだから」
「はいはい」
滉斗が笑う。
静かな夜。
やがて、笛の音が町に響き始めた。
優しく。
どこか寂しく。
その音を聞きながら、滉斗は目を閉じる。
涼架は何も言わない。
ただ、いつものように笛を吹いていた。
――まだ誰も知らない。
この笛の音が いつか、失われた記憶を呼び起こすことになるなど。
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コメント
2件
平和ッッッッッ幸せぇっっ
# 感想 第3話、読了しました! 涼架さんと滉斗さんの関係性がどんどん見えてきて面白かったです。特に、元貴くんが二人のゆるい空気に巻き込まれて、無意識に笑顔になる場面がすごく好きです。「笑ってません」って言いながら笑っちゃうところ、わかるなあと。 それにしても、涼架さんが元貴くんの額に「おまじない」をしたときの展開には驚きました…! 何のご加護なのか、気になって仕方ないです。そして最後の笛の音と「失われた記憶」の一文で、一気に世界観が広がった感じがしました。 次回が待ち遠しいです!