テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
323
それから数日。
元貴は、時々涼架のところへ顔を出すようになった。
最初は薬草を届けるためだった。
次は薬の調合について聞くため。
その次は――。
「……何しに来たんだっけ」
店先で立ち尽くした元貴は、首を傾げた。
「元貴くーん!」
縁側から涼架が手を振っている。
「こっちこっち」
「……」
元貴はため息をつきながら、店へ入った。
「今日は何ですか」
「お茶」
「……はい?」
「薬草茶」
涼架が湯呑みを差し出す。
「飲む?」
「仕事は?」
「休憩中」
「この前も休憩してませんでした?」
「休憩は何回してもいいんだよ」
「そんなわけないでしょう」
向かいにいた滉斗が吹き出した。
「元貴、諦めた方がいいよ」
「何をです?」
「涼ちゃんに仕事をさせること」
「……なるほど」
「ちょっと、二人ともひどくない?」
涼架が頬を膨らませる。
滉斗が笑う。
「ほら、いいから飲んでっ!」
「いただきます」
元貴は湯呑みを受け取った。
一口飲む。
「……おいしい」
「でしょ?」
涼架が嬉しそうに笑う。
「これ、眠くなる薬草入ってるから」
「…………」
元貴が湯呑みを置く。
「先に言ってください」
「え?」
「眠くなるなら仕事中に飲めないでしょう」
「だから休憩中なんだよ」
「あなたは……」
元貴が頭を抱える。
滉斗は楽しそうに笑っていた。
「まあまあ。涼ちゃんのお茶はうまいから」
「若井は甘やかしすぎです」
「そう?」
「そうです」
「でも涼ちゃん、放っておくと飯も食わないから」
「……」
元貴が涼架を見る。
「本当ですか?」
「うん」
「どうして平気なんです?」
「忘れるんだよねぇ」
「……」
「だから滉斗が作ってくれる」
「ほら」
滉斗が得意げに笑った。
「俺がいないとダメなんだよ」
「そんなことないよ」
「あるだろ」
「ないって」
「じゃあ今日の夕飯、自分で作れよ」
「……滉斗お願い」
「ほら」
「……」
元貴は思わず笑った。
「本当に仲がいいですね」
「でしょ?」
涼架が嬉しそうに滉斗へ寄りかかる。
滉斗は慣れた手つきで涼架の頭を支えた。
「じゃま」
「じゃあ離れる」
「……それはそれで寂しい」
「どっちだよ」
元貴は湯呑みを口元に運びながら、二人を眺めた。
この二人を見ていると 何となく安心する。
理由は分からない。
ただ、ずっと昔から知っているような――。
「……?」
胸の奥が、また少し揺れた。
元貴は無意識に左手首の白い包帯へ触れた。
その瞬間。
涼架の視線が、そこへ向いた。
けれど、 すぐに逸らされた。
「……」
元貴は気づかなかった。
⸻
その日の夕方。
町の外れから、悲鳴が聞こえた。
「――妖だ!」
人々が一斉に逃げ始める。
涼架は縁側から顔を上げた。
「……あー」
滉斗が立ち上がる。
「行く?」
「うん」
元貴も立ち上がった。
「僕も行きます」
「元貴くん」
涼架が見る。
「危ないよ」
「陰陽師ですから」
「そっか」
涼架は止めなかった。
三人で町外れへ向かう。
そこには いつもの妖よりも少しだけ大きな影が立っていた。
人の形に近い。
だが、腕が異様に長い。
「……少し強いな」
元貴が札を構える。
妖が唸った。
「人間……」
その声に 元貴の表情が変わる。
「喋った?」
「最近は多いよ。喋るやつ」
滉斗が大鉈へ手を添える。
「涼ちゃん」
「うん」
涼架は一歩下がった。
そして。
「滉斗、お願い」
「任せて」
滉斗が駆け出す。
それと同時に大鉈が振り抜かれる。
弦が震えた。
――ビィンッ。
奇妙な音が響く。
妖が身を捻った。
だが。
「遅い」
滉斗の一撃が妖を捉える。
妖が吹き飛んだ。
元貴が札を放つ。
「…急急如律令――封!」
妖の動きが止まる。
そこへ滉斗がとどめの一撃を放った。
妖の身体が光に包まれる。
「――っ!」
最後に 妖が何かを呟いた。
「……金色…九…」
「?」
元貴が振り返る。
だが、 妖は金色の光に包まれもう消えていた。
「今、何か言った?」
元貴が言う。
「涼架さん、聞こえましたか?」
「……いや」
涼架が答える。
「聞き間違いじゃない?」
「そうですか…」
元貴は少し考えた。
けれど、 涼架が何でもないように歩き出したので気にしないことにした。
⸻
その夜、 三人は店へ戻っていた。
元貴が湯呑みを置く。
「……最近、妖が強くなってませんか?」
滉斗が黙った。
涼架も薬草をいじる手を止める。
「前より確実に強くなってます」
元貴が続ける。
「今日の妖も、以前ならあれほど力を持っていなかった」
「そうだねぇ」
涼架はあっさり答えた。
「いつもは元貴くんの封で仕留められてたのに」
元貴が顔を上げる。
「……気づいてたんですか?」
「うん」
「いつから?」
「結構前から」
「なら――」
元貴が身を乗り出す。
「何か原因があると思いませんか?」
涼架は少し考えた。
そして。
「俺から言えることはこの世界の妖や陰陽道、それらの界隈に何かが起こっている…それだけかな」
「まあ、俺には関係ないけどねぇ」
「……は?」
元貴が呆れた顔をする。
「いや、関係あるでしょう」
「そう?」
「妖が強くなってるんですよ」
「滉斗とか元貴くんが倒せるじゃん」
「そういう問題じゃない」
「えぇ……」
涼架が不満そうに頬を膨らませる。
「俺、平和に暮らしたいんだけど」
「涼架さんが一番自由に動けるでしょ」
「めんどくさい」
「ほら出た」
滉斗が笑う。
元貴も思わず口元を緩めた。
「……本当に、あなたは」
「ん?」
「大物なのか、ただの怠け者なのか分かりません」
「たぶん両方」
涼架はにこっと笑った。
「自覚あるんですね」
「もちろん」
滉斗がため息をつく。
「まあ、涼ちゃんがそう言うなら、俺も気にしない」
「ありがと」
「ただし」
滉斗が指を立てる。
「危なくなったら俺が動くからな」
「うん」
「絶対だぞ」
「分かったよ」
涼架は笑った。
その笑顔を見て、 元貴はふと考える。
この二人は どちらか一人が危なくなったとき、 もう一人が命を投げてでも助けに行く。
それくらい強い繋がりがある。
そんな気がした。
⸻
夜が深くなった。
「じゃあ、僕は帰ります」
「うん」
涼架が手を振る。
「また来てねぇ」
「……仕事があれば」
「なくてもいいよ」
「考えておきます」
「約束ね」
「約束はしてません」
「えー」
元貴は苦笑しながら店を出ていった。
その背中を見送る涼架。
「……」
滉斗が隣へ立つ。
「涼ちゃん」
「ん?」
「今日の妖」
「……あそこまで情報が漏れてきてるとはね」
涼架は黙って夜空を見る。
「こちらも、そろそろ動いていかなきゃ」
「そうだね」
滉斗も空を見る。
「最近の妖……変だよ」
「うん」
「何か知ってる?」
涼架はしばらく黙った。
そして。
「まぁ、アイツでしょうね」
小さく笑う。
「だろうね」
滉斗もそれ以上聞かなかった。
二人とも、その名前を口にしない。
ただ 夜の向こうにある何かを、確かに意識していた。
⸻
しばらくして、 涼架がふと顔を上げた。
「……あ」
「どうした?」
「妖が三人まとめて祓われた」
「三人?」
「うん」
涼架は目を閉じる。
まるで、遠くの何かを感じ取るように。
「元貴が祓ったっぽい」
「……元貴一人で?」
「たぶんねぇ」
滉斗が苦笑する。
「強くなってる妖を三人まとめてか」
「うん」
涼架は頬を膨らませた。
「加護つけときゃよかったなぁ」
「元貴なら大丈夫だって」
「陰陽師も大変ですねぇ」
「他人事みたいに言うなよ」
「だって俺には関係ないし」
「……」
滉斗がじっと涼架を見る。
「本当に?」
「うん」
「心配じゃないの?」
「……」
涼架は黙った。
しばらくして。
「……あぁぁ」
頭を抱える。
「心配だよぉ」
「ほら」
「でも、元貴はもう子どもじゃないんだから」
「そうそう」
「それでもさぁ……」
涼架は小さく唸る。
滉斗が笑った。
「じゃあ次から毎回加護つければ?」
「……そうする」
「めずらしく素直」
「だって心配なんだもん」
「はいはい」
涼架はむすっとしながら店の中へ戻っていく。
「今日はもう寝る」
「おやすみ」
「滉斗も早く寝てね」
「はいはい」
「……薬草片付けるの面倒」
「俺がやるよ」
「ありがと」
「甘えすぎ」
「だって滉斗だもん」
「……はいはい」
店の灯りが一つずつ消えていく。
けれど、 薬屋はまだ眠らなさそうだった。
涼架は一人、暗い店の奥で目を閉じる。
そして――。
遠くで消えた妖の気配を、感じ取っていた。
どこで生まれ。
何を喰らい。
誰を襲い。
そして、 どこで祓われたのか。
それらすべてが ほんの一瞬だけ、涼架の中を通り過ぎていく。
「……」
涼架は静かに目を開けた。
金色の瞳。
そこに、いつもの眠そうな光はなかった。
「……おかしいなぁ」
小さく呟く。
涼架は夜の闇を見る。
そして、ほんの少しだけ目を細めた。
「……面倒なことにならなきゃいいけど」
そう呟いて。
涼架はようやく、灯りを消した。
コメント
2件
涼ちゃんの面倒くさがりだけど大物っていうギャップがとっても刺さります…陰陽道などの界隈に何かが起きていること、涼ちゃん若井さんと、大森さんの繋がり…続きが楽しみ過ぎます!!
第4話、めっちゃ良かった!日常パートの3人の掛け合いがほんわかしてて、特に「休憩は何回してもいい」って涼架の自由奔放さに笑った。でも戦闘シーンに入ると空気が一変して、妖が「金色…九…」って消えたのがめっちゃ気になるし、涼架の最後の金色の瞳の描写がカッコよすぎた。普段の怠け者っぽい姿とのギャップが刺さる。次回、涼架の正体が少しずつ見えてきそうで楽しみだわ🔥