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屋根の上を走りながら、後ろの黒服の男達が投げたナイフを交わしアルベドは屋根から屋根へと飛び移り逃げていく。
そんな彼に抱えられているため、当然私の体は宙に浮き恐怖のあまり悲鳴を上げそうになったが、確かに彼の言うとおり口を開けば舌をかみそうだったので必死に口が開かないよう手で閉じていた。
だが、この意味不明な状況に頭が追いつかず既にキャパオーバーで私の頭はぐるぐると回っていた。
いきなりお姫様抱っこをされたと思ったら、壁を蹴って屋根の上に登って暗殺者らしき人達に追われて。そもそも、人ってあんなに身軽に動けるものなのかと、壁を蹴るとか屋根の上を走るとかそれこそアニメや漫画でしか見たことが無い。
というか、これは乙女ゲームである。壁を蹴って屋根の上を走る男主人公とか聞いたことはない。
「ッチ……人数、増えてんじゃねえか」
と、アルベドは小さく呟くと走るスピードを上げた。
そして、私はその言葉を聞き逃さなかった。
やはり彼は暗殺者に追われているのだ。理由は分からないが、先ほどの傷はその時に負ったもの。
そして私は彼を助けたが為に、巻き込まれる羽目となった。
「ああ、聖女様がいると重くて動きづれぇわ。いっそ落としちまった方が……」
「ぎゃああああ! 何てこと言うのよ! 落としたら承知しないから!」
「ハハッ、冗談だよ。本気にすんなよ」
「……余裕あるならもうちょっとスピードあげてよ」
私がそういうと、アルベドは少し驚いたような表情をした後ニヤリと笑い、さらに速度を上げて走った。
そんな彼を見て私も負けじと彼の首にしがみつき、落ちないように必死に耐えた。
だが、暗殺者達もそれに気づいたのか二手に分れ私達を挟むように追いかけてくる。
しかしまあ、これを見ているであろう城下町の人達はどう思うのだろうか。聖女を(と言っても、私を聖女認定しているかわらかないが)赤髪の男がお姫様抱っこしながら黒服の暗殺者達に追われ屋根を走っている状況を。
もう、カオスでしかない。
私は、そんなことを考えながらアルベドを見上げると、彼はかなり険しい表情をしながら時より暗殺者達の同行を伺っていた。
言葉だけ聞けば余裕が残っているのだろうと思ったが、実際彼の心臓の音は早く緊張や焦りが伝わってきた。
それはそうだ、命を狙われているのだから。
(一体どうして……)
暗殺者に狙われるようなことをしたのだろうか。
「おい、エトワール。少ししたら地上へ降りる。そしたら全力で逃げろ」
「え……でもアンタが」
「逃げる隙は作ってやる。巻き込んで悪かったな」
そう言ってアルベドは私に向かって微笑んだ。
そして次の瞬間、屋根の上から飛び降り、私を庇うように抱きしめるとそのまま地面に着地する。急降下に驚きつつ、この高さから落ちても大丈夫なのだろうかと不安でいっぱいだったが、何てこと無くアルベドはストンと軽やかに着地を決めた。
それからアルベドは私に逃げるよう促すが、建物の影に隠れていた暗殺者達がぞろぞろと出てき私達の逃げ道を塞いだ
「ッチ……俺たちの行動はお見通しか」
「アルベド……」
アルベドは暗殺者の人数を確認しながら、懐から短刀を取り出し私を庇うように前へ出る。
私は如何したら良いか分からずに、彼の背中に隠れることしか出来ずにいた。
すると、私の視界の端で指示を出している男の姿が見えた。
その人物は暗殺者のリーダーらしき人物で彼は私を見ると、まるで汚物を見るかのような目で睨みつけ、舌打ちをした。
「エトワール、動くなよ。動いたら、死ぬぞ」
「……ッ」
アルベドの言葉を聞いて、私は息を呑む。
彼は私を守る為に自ら盾になろうとしているのだと。
だが、暗殺者達も黙って見ている訳がなく、アルベドとの距離が縮まる。
そしてリーダー格の男は、ニヤリと笑った。すると、暗殺者の一人が剣を引き抜き私達に襲いかかってきた。
それをアルベドがナイフ一本で受け止めると、彼はそのまま刃を押し返し相手の腹部に蹴りを入れる。
だが、その攻撃に怯むことなく暗殺者は再び斬りかかってきた。
アルベドはそれを上手く避け、暗殺者から距離を取ると再び戦闘態勢に入る。
その姿を見た他の暗殺者達も一斉に動き出し、瞬く間に辺りは乱戦状態となる。
(凄い、全部裁くか避けてる……手慣れてる……でも……)
私はアルベドから少し離れ後ろの壁にトンと背中をつく。
一人を殺すに対してもあまりにも人数が多かったのだ。それはもう、5,6……いやもっといた。しかし、アルベドはそれら全ての攻撃を受け流し隙を突いて攻撃していた。
本当になれている様子で、一切の無駄がない。
きっと、こう言った状況は初めてではないのだろう。何度も何度も命を狙われてきたような……
「……」
そして、そんな乱戦状態の中、一人だけ動かない男がいた。
先程、私達を汚いものを見るような視線を送っていたあの男だ。彼は何やらブツブツと呟き胸の中心に何かを集めているようだった。それは、そうまるで―――――
(もしかして、魔法!? アルベドは……気づいていないの!?)
私は、慌ててアルベドに声をかけようとしたが、彼がそれどころではなく、声をかけるタイミングを逃してしまう。
それに気づいた暗殺者が彼の背後を取り、剣を振りかざす。私は思わず目を瞑るが、聞こえたのは金属がぶつかり合う音と肉が切れる音が同時に響く。
恐る恐る目を開けると、そこには血を流しながらも暗殺者の攻撃を弾き返すアルベドの姿があった。
その光景を見て、私は息を呑む。
「アルベドッ……!」
「いてぇ……さっき、回復して貰ったばっかなのにこの有様だ」
「大丈夫なの!?」
「ああ、これくらい平気だよ。それよりお前は下がってろよ」
そう言って私を後ろに下がらせるとアルベドは再び暗殺者と対峙する。
「私に出来ることは無い」
「あぁ? 下手に動かれたらこっちが……」
「私だって戦える」
「……なら」
と、アルベドはちらりと私を見た後置くのリーダーと思われる暗殺者を見て目を細めた。
「彼奴を仕留めてくれ。生死は問わねえ」
「私に人殺しをしろと?」
「別にそこまで言ってねぇよ。でも生きる為には――――」
そして、彼はナイフを構え暗殺者に攻撃を仕掛けた。
暗殺者達は鮮血をまき散らしその場に崩れ落ちる。
「手段を選んでられねぇ」
そうアルベドは言ってナイフについた血を振るう。
その姿を見て、彼は獣だと思った。死体の上に立つ獣。血なまぐさく寂しい獣。
私の目にはそう映った。
生きる為には手段を選んではいられないと。それはきっと過酷な過去を持って、乗り越えてきたからこその言葉なんだと思う。重みが違う。
私は震える身体を押さえながら、リーダー格の男を目でしっかりと捕らえる。まだ彼は魔法を完成させていないのか、ブツブツと独り言を言い続けている。
やるなら今しかないと。
あの暗殺者がどんな魔法を使ってくるのか分からないが、タメが必要である以上強力な魔法なのだろうと。それに対抗する魔法を私は考えなければならない。
光の鎖や、浄化とはまた違う魔法を。
私は、小さな頭をフル回転させて考える。あの魔法事粉砕できるものを。
そうして思いついた魔法を、イメージし、形作る。
「おい、エトワールまだか!」
「ちょっと待って、あと少しッ……!」
私は弓矢を構えるように手をクロスさせ、その手に光が集まる。
すると、次第にそれは矢の形になり、その矢には光が纏わりついていた。
そして、私は弓を引き絞るように腕を伸ばす。
炎の弓でも、水の弓でもない。光の弓。
これは、私が独自で考えたものだ。闇には光を、光には闇を。
(落ち着いて……私なら出来る!)
そう自分に言い聞かせ、目を見開き弓矢を放つ。すると、放たれた光の矢は一直線に暗殺者の方へと飛んでいき私が魔法の矢を放ったと同時に放たれた黒い炎の魔法と衝突する。
一本の矢と、全てを呑み込み燃え上がらせる黒い炎。
一体どちらが勝つのか。
(ヤバい、おされる―――――ッ!)
矢を呑み込まんとばかりに燃えさかる炎は、私の放った光の矢を徐々に溶かしていく。
このままじゃ、押されると二撃目と構えた瞬間私の横を紅蓮の髪が通り抜けた。
「時間稼ぎご苦労だったな。後は、任せとけ」
と、アルベドの声が聞えたかと思った瞬間、暗殺者の方に赤い線が走る。その線は暗殺者を切り裂き、暗殺者は断末魔の声を上げる。
私は何が起きたか分からず、あっけにとられていると先ほどまで渦を巻いていた黒い炎は消滅し私の矢も光の粒子となって消えた。
「あ……ぁ……」
「ふぅ……まあ、片付けられたな。ん? どうしたんだよ。そんな顔して」
そう、敵の返り血を浴びたアルベドがこちらに振返りゆっくりと近づいてくる。
彼の血の臭いではないと分かっていても、その強烈な臭いに私は顔を歪め手にナイフを握りしめながらこちらに向かってくるアルベドに私は後ずさりした。
今になって恐怖がやってきたのだと、がたがたと身体が震え上がる。
「なあ、もう暗殺者はいねえからそんな……ッ」
「近づかないでッ!」
パシンッと乾いた音が路地にこだまし、紅蓮の髪の青年は悲しそうに、それでも幾らか驚いたような表情で私を見つめていた。