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怖い。
何が怖いのか。血が、命を狙われたことが、人を殺しても何とも思わない人が目の前にいることが、血塗られたナイフを握った男が私を見下ろしていることが。
全て怖かった。
「悪かったって、怖い思いさせて……だから、その……な?」
と、アルベドは子供をあやすかのような口調で語りかけてくる。
私は、ただ黙ったまま俯いていると、彼はしゃがみこみ私の肩に手を置いた。
そして、そのままぐいっと引き寄せられる。
突然のことに驚き、私は抵抗しようとしたが、それはできなかった。
何故なら、彼が悲しそうな表情をしていたから。
そうして、やっとの思いで落ち着いた私は彼を叩いてしまったことを思い出し、助けてもらったのにもかかわらず何てことをしてしまったんだと頭を下げた。
だが、アルベドにはまだ私が彼を恐れているのだと思われ、彼は悪かった。ともう一度口にする。
「ちがくて……ごめ、んなさい。その助けてもらったのに、手、叩いちゃって」
「気にすんなよ。俺もこの通り血だらけだしな」
そうアルベドはへらっと笑って両手を見せた。確かに真っ赤で目をそらしたくなるものだった。私はそれを見ないようにしながら、彼の方を向く。
まだ、恐怖は残っているが先ほどのように震えたりはしなかった。
すると、アルベドはほっとしたような表情を浮かべる。
だが、急に頭が冷めた私はそんな手で私の肩に触れたのかと自分の服を見る。見ればやはり少し汚れてしまっていた。いいや、べったり血が付着している。
真っ白な服のため余計汚れが目立ち、そしてこれがオーダーメイドで作った特注品であることを思いだし私は発狂しかけた。
「ちょ、ちょ……これぇ!」
「だー悪かったって、でもお前が落ち着かねえから……」
「理由にならないッ……! やだ、これ落ちるかなあ……」
「そんな、汚物みてぇに……」
アルベドの言葉を無視し、私は服の袖で必死に血を拭う。だが落ちる気配は全くなく、鉄臭い匂いと共にだんだんと酸化し黒ずんでいく。
しかし、アルベドが申し訳なさそうにしているのを見ると罪悪感が湧いてきた。確かに彼に非はない……と思えれば良かったのだが。
「はあ……分かったよ。それは弁償する」
と、アルベドは面倒くさそうにため息を吐きながら言った。
気があるのかないのか分からない返事に戸惑いつつも、彼に弁償させることを約束し、先ほど彼が何故追われているのか応えてくれると言ったので、その答えを聞くことにした。
アルベドは暗殺者達を足で隅の方へ避けると、私に血で汚れていない地面を指さし座るよう促した。
「……それで、さっきの奴らは何なの? 暗殺者っぽかったけど……アンタって、命狙われることあるの? 狙う側じゃなくて?」
「まだ、俺の事ただの快楽殺人鬼とか何とか思ってるんだろ」
「だって、凄い慣れてたし……」
「慣れねぇ」
「人を、殺す事に……ためらいがない、っていうか」
私は言葉を詰まらせながらも言うと、アルベドはそうだな。と冷たく返した。
その言葉を聞いてやっぱりそうなんだと私はギュッとドレスの裾を握る。
「俺が人を殺したのはまだ七歳にもみたいない頃だった」
「……七歳?」
「まあ、事故というか……そこで、生きる為には手段なんて選んでられねぇって思ったんだよ」
私には想像もつかないような世界だと私は眉間にシワを寄せた。
そんな小さな頃からこんな世界に身を置いているのかと私は彼を見る。
だが、彼は事故だと鼻で笑っていた。いや、笑っていたのはきっと彼自身の過去なのだろう。
「ああ、悪ぃな、話逸らしちまって」
「ううん、別に。その……」
大変だったね。とかそういう軽い言葉ですませられるような片付けられるような話でないと私は口を閉じる。
彼は幼い頃から精神的肉体的苦痛を受けてきたのかと。
こんな性格になっても無理ないと思う。
しかし、話を逸らして悪かったと言っていたが、それは自分の過去を隠すための言葉にも捉え私はそれ以上追求も口出しもしなかった。そうして、アルベドは話を続ける。
「あの暗殺者は、多分ラヴァインの差し金だろう」
「ラヴァインって?」
そう私が尋ねると、アルベドはまた説明不足かと頭を掻き、そして私を睨みつける。
そんな目で見なくても……。と心の中で文句を言いつつ、彼の次の言葉を待った。
すると、アルベドは少し考えるような素振りを見せた後、口を開く。
「俺の二つ下の弟だ。今は、何処にいるのか全く分からねぇけど」
「弟……弟に命を狙われてるの!? なんで?」
「次期当主の座を狙ってんだよ。彼奴は」
と、不機嫌そうに言い放つと彼は立ち上がり歩き出した。
私もそれについて行くように立ち上がると、突然立ち止まり振り返る。どうしたのかと思い彼の顔を見上げると、彼は真剣な表情で私を見ていた。
その視線に私は戸惑う。
アルベドのいっていることが本当だったとして、そのラヴァインという弟は兄を殺そうとしてまで次期当主の座を欲しているのかと。
しかし、アルベドが死なない限り爵位の継承権は多分兄であるアルベドにあるだろうし……やはり、考えたどり着く結論は兄を殺して爵位を勝ち取り、次期当主になるという事になるのだろうか。
「親父がそもそも俺に爵位を譲るって言ってねえ時点でまあ……こうなるわな」
「どういうこと?」
「力のあるものが生き残る弱肉強食の世界。親父は生き残った方に爵位を譲ろうっつってんだよ」
「殺し合うように仕向けられたって事?」
「いや、初め親父の考えは教養と魔力、そして武術に長け社会的に自立し生き残った方が……という風に思っていたらしい…が」
そこで、アルベドは言葉を句切る。
何かあるのかと私は首を傾げると、彼はため息を吐きながら言った。
「ラヴァインは、親父を毒殺しようとした。そのせいで、親父は今昏睡状態。そして、親父が目覚める前に決着を付けておこうと彼奴は考えたんだ。だから、こんな強硬手段に出てんだろうな……まあ、今に始まったことじゃねえけど」
「弟に、命を狙われて……」
「弟だと思ってねえから」
そう言うと、彼はまた歩き出す。私は、彼についていくことしか出来なかった。
「腹違いの弟?」
「いや、正真正銘の俺の弟だ。母親も一緒」
「そんなに爵位って……当主の座につきたいって思う理由は何なんだろう。だって、兄を殺そうとしてまで手に入れるべきものなのかって」
「まあ、災厄のせいもあって元々狂ってたのがさらに何本かねじが外れたんだろうな」
と、アルベドは言うとふと足を止めた。私は急に止られた為鼻をぶつ。
いったぁ……急に止らないでよ! と文句を言おうと思ったが、それよりも先に彼が口を開いた。
それもとても低い声で。その声音に私は驚き固まる。
「俺の事、怖いか?」
「如何したの、急に」
「…………いや、別に。何でもねぇよ」
しかし、すぐにそれは消えいつも通りの彼に戻っていた。
その言葉がやけに引っかかって私は、アルベドの服をいつの間にか掴んでいた。それに気づいたのか彼はこちらを見て、少し困ったような表情をする。
私も自分が何をしているのか分からず、慌てて手を離した。
「ああ、これは、ちがくてですね。その、えっとですね……」
「俺から離れたくねぇとか?」
「違う、絶対違う。100%違う……と思う」
「思うだと100%じゃねえだろ」
「ぐぬぬ……」
私がそうやって反論すると、彼は私の頬を摘み引っ張ってきた。
痛いし、男本当に遠慮ないよね!? 私のことちゃんと聖女だって分かってるのかな……
そんな事を考えていると、彼は不意に手を止める。
「どうしたのよ、いきなり黙って……ほんと意味わからな……」
「エトワール様」
と、私の後ろから聞き覚えのある声が聞え私はとっさに振返った。
するとそこには、亜麻色の髪をいつも以上にぼさつかせ翡翠の瞳を酷く揺らしたグランツが立っていた。