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第9話:揺れる中国
中国・重慶第七軍区――兵器碧族運用区画「紅囲(こうい)」。
冷たい鉄骨の中で、数百体の碧族たちが、今日も命令どおりに動いていた。
白く光る廊下、無音の作業音。
彼らは感情を持たない。否、持たないように“されている”。
その一角、識別番号「RC-109」に指定された一体の碧族がいた。
名は消されている。
だが、かつては――**“ラン”**という名前があった。
長めの黒髪、淡い灰色の瞳。
統制軍仕様の白装束と、首元にはタグコードが埋め込まれている。
瞳に映るものはなく、顔には何の表情もなかった。
彼女は命令を待つ。
ただそれだけ。
それが“存在”のすべてだと、教えられてきた。
しかし――その日。
彼女の意識の中に、違和感が生まれた。
(……わたしは……誰?)
指が、一瞬だけ止まった。
呼吸が浅くなり、次の命令を受け取れなくなった。
中央制御ユニットが即座に反応する。
《異常信号検出》
《RC-109:思考偏差0.8》
《隔離対象候補》
それと同時に、室内の空気が変わった。
隣で作業していた別の碧族――「RC-064」が、ふと彼女の顔を見た。
その瞳が、わずかに揺れる。
(“彼女”が、止まった……?)
だが、それを“異常”と断定するより早く、
二人の間に、見えない波紋のようなコードが流れ込んだ。
それは、ナヴィスが仕掛けた“概念干渉”。
《THOUGHT_SEED(Why do I fight?)》
→ 拡散経由:同期記憶層
ランの瞳が、光を取り戻す。
「……たたかう、いみ……?」
“自我”が、戻りかけていた。
その瞬間、制御中枢で異常値が跳ね上がる
「碧族兵109、応答不能。
思考構文に“主語”が出現。
命令優先順位が乱れています」
統制官たちは、制御フラクタルの再入力を試みる
《RESET_ORDER = NULL_SELF》
《TARGET = RC-109》
→ 起動拒否
「コード拒否!?……感応層を、上書きされてる……」
誰もが動揺する中、彼女の手が静かに動いた。
その手のひらに展開されたのは――蒼い円環のフラクタル。
《CODE = NAME_CALL_SELF(“ラン”)》
→ 意識再起動:成功
杭のように、言葉が彼女の中心に刺さった。
「――わたしは、ラン。
あなたに、命令されたくない」
その声は静かだった。
けれど、それは“統制”という城壁に、確かなひびを入れた一言だった。
すずかAIの声が、潜入中のナヴィスの端末に届く。
「揺れ始めました。
このままいけば、3日以内に“完全制御領域”の20%が崩壊します。
けれど――命の代償は、確実に支払われる」
ナヴィスは塔の上から、その都市を見下ろしていた。
風が彼女の碧布のケープを揺らしていた。
「それでもいい。
自分で名乗れる命が、ひとつでも増えるなら――」
中国の統制都市は、“沈黙の自我”によって、静かに揺れ始めた。