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「バイス。本当にこんな所で破壊神グレゴールが復活したのか?」
ダンジョン内を慎重に進む冒険者の一団。その中の一人が訝し気な声を上げた。
光を鈍く反射するハーフプレートの鎧を身にまとい、手には磨き上げられたロングソードを携えている如何にも剣士といった風貌の優男。
整った顔立ちに神経質そうな目元。その視線は、常に警戒を怠らない。
胸元で揺れるゴールドのプレートが、彼の実力を雄弁に物語っている。
「いや、正直まだ半信半疑だが、魔族がいるのは間違いない」
それに答えたのは、バイスと呼ばれたフルプレートの鎧を身に纏う男性。
その背には大砲をも防ぎそうな大型の盾を背負い、腰には手入れの行き届いたショートソードが下がっている。
年のころは二十代前半――まだ若いはずなのに、その険しい顔つきには年齢に似つかわしくないほどの緊張と覚悟が宿っていた。
「でも、あんたらはそいつの姿を見てないんでしょ?」
二人の会話に割って入ってきたのはショートヘアの女性。野外での活動が多そうな冒険者でありながらも色白で、少々控えめな胸元にはシルバーのプレート。
その身には軽装の革鎧をまとい、片手には使い込まれた短弓を携えていた。
「目の前で魔物達の死体が起き上がり襲って来たのよ……。何度倒しても起き上がってくる……。あれは人間の魔力で出来る範囲を超えているわ」
黒のローブに全身を包み、同じく漆黒の三角帽子を深くかぶったその女性は、一目で魔女と呼ぶにふさわしい雰囲気をまとっていた。
闇に溶け込むような装いの中で、ただ一つ、杖の先に取り付けられた巨大な水晶だけが淡く光を放ち、彼女の存在を浮かび上がらせている。
年頃はバイスとそう変わらないが、その瞳には年齢を超えた冷静さと、研ぎ澄まされた知性の光が宿っていた。
「ネストの言っていることは本当だ。フィリップもシャーリーも油断しないでくれ」
「まあ、大丈夫だろ? 今回はウチのギルド担当もついて来てる。補助二人、前衛二人、それに|狩人《レンジャー》と|魔術師《ウィザード》だ」
「それが油断だと言っているんだ!」
不意に声を荒げるバイス。ネストに静かにするようにと諫められ、フィリップは溜息をつくと一応の謝罪をしながらも、ついでに愚痴をこぼした。
「悪かったよ。まあ空振りだけは勘弁願いたいね。なんせ前回は緊急の依頼だっつーから行ってみたら誤報だったからな」
「ホントよ。ベルモントでは珍しくデカい仕事が来たと思ったのに……」
六人の仲間達は警戒をしながらも、ダンジョンを奥へと進んでいく。
一度は封印の扉まで攻略しているのだ。多少の魔物はいたものの、大した数ではない。
そして地下三層の封印された扉の少し手前まで来ると、作戦の最終確認のためにと足を止める。
「シャーリー。ここから少し先に行くと封印の扉だが、何か感知できるか?」
「……いるね。恐らく魔族の反応が一つ……。けど小さい。こいつがグレゴールなら大したペテン師だよ。それ以外の反応は今のところないね」
「よし、ネスト。封印解除までの時間はどれくらいかかる?」
「そうね……。五分から十分といったところかしら」
「オーケー。じゃあ手筈通りネストは封印解除を。それ以外はネストの護衛だ」
「バイス。アンデッド達は強いのか?」
「いや、強くはない。ただ数が多い。頭を潰しても関係なくよみがえる。足を狙って行動を制限するくらいしか対処法はない」
「了解だ。……で、扉を開けた後はどうするよ?」
「もちろん偽のグレゴールを叩くが、先がどうなっているかわからない。封印を解除することによってグレゴールがダンジョンの奥に逃げる可能性もある。その場合は索敵しながら探索を続けよう」
「ニーナ、シャロン。帰還水晶は持ってきているな?」
それに無言で頷いたのは二人のギルド職員。
ニーナはバイスの担当職員。前回も同行していたため、少々気を抜いているようにも見える。歳は十代半ばと若く、経験も浅い。
一方のシャロンはエルフ種の女性だ。その中でもハイエルフと呼ばれる魔法の扱いに長けた一族。白い肌にブロンドの髪。そして長い耳が特徴的。
シャロンはシャーリーの担当で、ギルド職員としての経験は豊富。ダンジョンもそこそこ潜ったことのあるベテランだ。
「もしもの時は躊躇せずに使え。今回の目的は封印解除だ。解除出来ればそれでいい。グレゴールを殺れるに越したことは無いが、深追いはしない。いいな?」
「はい」
「よし。じゃあいくぞ」
六人が一斉に広間へ雪崩れ込むと、目の前には封印された大きな扉。
そこまで一気に走り抜け、扉の前に陣を取る。
「魔物はいない! クリアだ! ネスト、頼む」
「了解!」
ネストは持っていた杖をニーナに手渡し、両手で扉に触れた。
「【|解析《アナリシス》】!」
魔力で封印されている扉。その解除方法は、魔力パターンを解析する事から始まる。
幾重にも折り重なる魔力の流れを紐解き、封印された魔力と逆の魔力を流し込むことにより、それを打ち消すのだ。
ネストを取り囲むように陣形を組むと、バイスは盾を掲げて声を張る。
「”鉄壁”!」
橙色の薄い光の膜に包まれる仲間達。鉄壁はパーティ全員の防御力を向上させる盾適性のスキル。
「シャーリー。索敵に反応は?」
「言われなくてもやってるわよ。今のところ変化はない。魔族の反応が奥に一匹だけ」
辺りは嘘のように静まり返っていた。アンデッドが襲ってくるどころか、未だなんの反応もない。
作戦と違う状況に、戸惑いを隠せずお互いの顔を見合わせてしまうも、渡りに船。このまま封印を解除して、扉を開けるだけである。
しかし、それも束の間。ダンジョン内に響いたのはグレゴールの声。
「やれやれ。またお前等か人間どもめ」
「グレゴール!」
「こいつが!?」
「姿を現せ!」
「そうだなあ。お前の魂をくれるなら考えてやらんこともないぞ?」
「やるわけがないだろ! お前こそ観念して姿を見せたらどうだ!?」
バイスがグレゴールとの会話を引き延ばし、時間を稼ぐ。
ネストから送られてくるアイコンタクトは、解除までに残り二分と告げていた。
「私はまだ何もしてない。それでも私を討とうと言うのか?」
「魔族というだけで十分だ!」
「そうか……。ならばこちらも黙ってやられる訳にもいくまい……」
グレゴールの話が終わると同時に、叫んだのはシャーリー。
「索敵に魔物の反応! 数は……二十!」
「どっちだ!?」
「こっちじゃない! 扉の裏側!」
「最後の警告だ。この扉を開けたらお前達は死ぬ。それでもよければ開けるがいい」
「シャーリー。魔物の強さは!?」
「数は多いけど、個々は弱い。勝てる。私達なら問題ない!」
「よし! 扉が開いたらこちら側におびき寄せて各個撃破する!」
緊張のせいか、額を伝う汗が止まらない。
レンジャーのシャーリーは、これまで数多の危機をくぐり抜けてきた実力者。彼女の持つ|狩人《レンジャー》の索敵スキル《トラッキング》は、魔物の気配だけを正確に捉える特殊な能力であり、その精度は群を抜いている。
そのシャーリーが「勝てる」と判断したのなら間違いない。
だが、今回の敵はこれまでとは違う。相手は人でも魔物でもない、“魔族”だ。しかも、破壊神と呼ばれ恐れられたグレゴール。
――本物であるはずがない。そう自分に言い聞かせつつも、もし本物だったら――という不安が拭えないのも確かであった。
「解析が完了した! 【|解呪《ディスペル》】!」
ネストの魔法に呼応して激しく輝いた扉は、ゆっくりとその光を失っていく。
それは封印の解除を意味していた。
ネストはそれを見ることなく一気に後ろへ下がると、ニーナに預けていた杖を受け取り、身構える。
「くるぞ!」
準備は万端。戦闘態勢に入ると、開かれるであろう扉から魔物の群れが突入して来るのを待った。
……永遠とも思える時間であったが、実際に経った時間は三分ほど。
今や封印されていた扉は、ただの重い鉄の扉。しかし、未だ何の反応もみせず、重苦しい空気が流れていた。
導火線はすでに燃え尽きているのに、一向に咲く気配を見せない花火のような感覚。
(このまま手をこまねいていても仕方がない。誰かが様子を見に行かなければ……)
「バイス。俺が開ける。いいか?」
「頼む」
警戒しながらも両手で扉に触れたフィリップは、、渾身の力を込めてそれを押した。
「んぎぎ……」
しかし、扉はビクともしない。形状から押す以外の選択肢はないはずである。
「はぁはぁ……ダメだ……。重すぎる……。誰か手伝ってくれ」
確かに扉は金属製で重そうだが、成人男性ならそこそこの力で開けられるようにも見える。
「シャーリー。扉が開いたらスパイラルショットを放て」
「ええ、まかせて」
スパイラルショットは弓適性のスキル。矢に回転を加え、貫通力に特化させた攻撃スキルだ。
開いた扉の隙間に打ち込めば、目の前にいるであろう魔物達を一気に葬れるはず。
バイスは弓を引き絞るシャーリーを確認すると、フィリップと共に息を合わせた。
「いくぞ。せーのっ!」
「「ぐぬぬぬ……」」
何度やっても結果は同じ。扉はビクともしない。
「どうした? 開けないのか?」
グレゴールの声が、無慈悲にもフロア内に木霊する。
封印解除に失敗したのかとも思ったが、その魔力反応はすでに消え、物理的な鍵が必要なのかと思案するも、鍵穴のようなものはない。
かといって、錆び付いて動きが鈍くなっているようにも見えず、開かない理由が見当たらなかった。
今度はネストとシャーリーを残し、四人で押し引きしてみるも結果は変わらず。
地面に膝をつき、額に汗を滲ませながら激しく肩を上下させる冒険者達。
それは扉を開けても、戦う余力が残らないほどに力を込めた結果であった。
「フン、その程度か。第二の封印も解けぬとは……。また出直してくるんだな」
「第二の封印!? ネスト! どういう事だ?」
「ありえないわ……。封印は一つのはずよ……。もう魔力反応もない……」
「じゃあ、何故開かない!?」
それはネストには答えられず、その表情はあり得ないと言わんばかりに狼狽していた。
――――――――――
腑に落ちない様子で撤退して行く冒険者達に、九条はホッと胸を撫で下ろす。
なぜ封印の解かれた扉が開かなかったのか。答えは簡単。内側から二十体ものスケルトンを使って、押さえていただけなのだ。
扉の前にずらりと並ぶスケルトン。それは魔法で強化され、鉄のような強度を誇るつっかえ棒。
セコイと言われるかもしれないが、殺生せずに追い払うにはどうすればいいのか――と、九条が頭を悩ませた結果がコレだった。
「要は、扉が開かなきゃいいんだ」
第二の封印なんてものは存在しない。しかし、開かない扉を前にすれば、それを信じてしまってもおかしくはない。
「マスターの戦い方って……なんというか、地味ですよね……」
呆れたように言う百八番に、九条は反論出来なかった。