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おお〜、ナイスフォロー。るりちゃんの勘は当たるから予定変更してもらって正解👍
「念のために、これも」と言って、免許証も見せる。
これで、名刺の人物と俺が同一人物だとわかってもらえるだろう。
「彼女は乾と言います」と、俺はるりちゃんの名も告げた。
るりちゃんがぺこりと頭を下げる。
「不審がられて当然ですが、乾は人より勘が良く、特に悪い予感はほとんど外れないんです」
「勘……?」
「はい。私も大怪我をしそうだったのを、助けられたことがあります」
二人は、顔を見合わせる。
かなり、胡散臭いと思われているだろう。
だが、男性は真剣な表情で言った。
「それは、俺たちが怪我をしそうだということですか?」
「いえ! あ、いえ、怪我かどうかはわからないんですけど――」とるりちゃんが口ごもる。
「因みに、この後のご予定は?」
「食事……ですが」
「どこか予約済みですか?」
「Pホテルに予約をしてあります」と言ったのは女性。
そこでようやく、二人の結婚指輪に気が付いた。
記念日か何かだろうか。
「フレンチ? 中華?」
「和食ですが……」
俺はフムと手を顎に添え、るりちゃんを見た。
彼女はキョトンと俺の顔を見上げている。
迷った。
が、仕方がない。
「Empire HOTELの鉄板焼きに変更してもらえませんか?」
「えぇ!?」
夫婦だけでなくるりちゃんも驚いている。
無理もない。
Empire HOTELなんて、半年先の予約まで一杯だ。クリスマスやバレンタイン、年末年始は三年先の予約が入ることもあるという。
もちろん、Pホテルよりずっと高級。
「あの、凱人さん?」
「るりちゃんはまた今度、連れて行ってあげるからね?」
当然、るりちゃんは訳が分からなそうだったが、それはさておき、俺は目の前の夫婦に向いた。
「予定を狂わせてしまったお詫びに、ご馳走させてください」
Empire HOTELの鉄板焼きを無料で食べられる機会など、人生に一度もない。
るりちゃんに格好つけたくて頼み込んで取った予約だが、仕方がない。
このままでは、るりちゃんはこの夫婦のことが気になって鉄板焼きを美味しく食べられないだろう。
「あの、お気持ちだけで十分です。それに、その――」
奥さんがそう切り出し、俺は咄嗟に一歩近づき、少し身を屈めた。
「――彼女が気にして、この後のデートを楽しめないと困るんです。協力してもらえませんか?」
本心だ。
「で、でしたら尚更、彼女にご馳走した方が――」
「――Pホテルに宿泊予定なので――」
「――えっ!?」
「え?」
旦那さんの言葉に、奥さんが驚く。
はて、この夫婦の予定はどうなっている?
「泊まるんですか?」
「泊まんないの!?」
「いえっ! 今日は帰ります」と、奥さんが強くはっきりと言った。
旦那さんは「えぇ~……」と落胆を隠さない。
どうやら、記念日などではないようだ。
「ならば、やはり鉄板焼きに変更してもらえませんか。お願いします」
俺のダメ押しに、旦那さんが名刺を眺めながら考える。
そして、ハッとして俺を見た。
「失礼ですが、溝口彩さんをご存じではないですか?」
「え?」と、俺は首を捻る。
だが、るりちゃんは違った。
「え!?」と、心当たりがありそうなリアクション。
「溝口……って、部長の奥さんですか?」と、奥さんが旦那さんに聞く。
「ああ。部長が前に言ってたんだ。奥さんが奥山商事で働いてるって」
「企画部イベント企画課の溝口さんですか? 私、知っています」と、るりちゃんが言った。
イベント企画課?
「この前、地下で私と一緒にいた人です」と、るりちゃんが教えてくれて、思い出した。
「ああ!」
俺たちより年上の、柔らかい雰囲気の女性。
「部署は違いますが先日顔を合わせました。お知合いですか?」
「はい」
どうやら、名刺が偽造ではないとわかってもらえたようだ。
そこに、るりちゃんが一歩詰め寄り、ガバッと頭を下げた。
「あの、本当におかしなことを言っているのはわかっています。ですが、溝口さんのお知り合いであればなおのこと、信じて欲しいんです。お願いします! この後の予定を変更してください!」
俺も頭を下げる。
「俺からもお願いします」
頭を下げて数秒。
「わかりました。鉄板焼き、譲っていただけますか」
「彪!?」
「椿は食べたくないか? Empire HOTELの鉄板焼き」
「えっ!?」
奥さんの視線が俺と旦那さんの顔を何往復した後、旦那さんの腕をクイッと引っ張った。
旦那さんは頭を下げ、彼女の口元に耳を寄せた。
「いいの……かな」
「いいんじゃない? それに、ここまで真剣に言われたら、Pホテルの気分じゃなくない?」
「それは、まぁ、確かに……」
旦那さんが背を伸ばし、俺を見た。
「予約の名前を変更してください。あ、支払いは俺がします。妻に、甲斐性なしだと思われたくありませんから」