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junp_
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#めめこじ
junp_
707
mg.side
阿部が屋敷を離れて、三日が過ぎた。
たった三日。
それだけの時間なのに、屋敷が妙に広く感じる。
廊下を歩けば、足音だけがやけに響く。
朝になれば、障子の向こうから聞こえていた声がない。
食事の時間になっても、向かいの席は空いたままだ。
「旦那様、お食事を。」
女中が膳を運んでくる。
「置いて。」
書類から顔を上げずに答える。
いつも通り。
何も変わらない。
そう思っていた。
けれど。
「……。」
箸を手に取っても、なぜか料理に手が伸びない。
目の前には、いつもと変わらない食事が並んでいる。
味噌汁に、焼き魚。
煮物に漬物。
どれも食べ慣れたものだ。
なのに。
「……味噌汁。」
口から、そんな言葉が漏れた。
阿部が作ってくれた味噌汁を思い出す。
少し薄めで、出汁の香りが優しい。
初めて飲んだ時は、正直、物足りないと思った。
けれど。
今になって分かる。
あの味が、好きだった。
「……。」
自分でも可笑しくなる。
たった三日、いないだけだ。
それなのに、こんなにも気になる。
箸を置く。
「旦那様?」
「いや。」
顔を上げずに答える。
「何でもない。」
何でもないはずだった。
そう、思っていた。
⸻
仕事をしていても、阿部のことが頭をよぎる。
書類に目を通している時。
庭を歩いている時。
朝、障子を開けた時。
ab「おはようございます。」
明るい声が聞こえてくるような気がする。
振り返っても、誰もいない。
夕食の席では。
ab「今日はお疲れでしょう?」
そう言って、阿部がこちらを見ていた。
自分が少し疲れていれば、すぐに気づく。
ab「無理してませんか」
ab「ちゃんと食べてくださいね」
そんなことを、毎日のように言われていた。
鬱陶しいと思ったこともある。
自分のことくらい、自分で分かっている。
そう言ったこともあった。
けれど。
今は。
その声が聞きたい。
そんな自分に気づいて、小さく息を吐いた。
誰かに心配されることなど、今までほとんどなかった。
自分はずっと、誰かに求められる側だった。
家のために。
立場のために。
役目を果たすために。
だから、誰かが自分のことを気にかけることに慣れていなかった。
阿部だけだった。
何の見返りもなく、自分を見てくれたのは。
「……。」
気づいてしまえば、早かった。
あの人がいないことが、こんなにも寂しい。
⸻
四日目の夜。
目黒は書院に一人で座り、庭を眺めていた。
月明かりが雪に反射して、辺りを淡く照らしている。
以前なら、この静けさを好んでいた。
誰にも邪魔されず、何も考えずにいられる。
静かな夜は嫌いではなかった。
なのに今は。
「……静かすぎる。」
思わず呟いた。
自分で言ってから、少し笑いそうになる。
以前なら、こんなことを思うことなどなかった。
阿部が来てからだ。
屋敷に声が増えた。
笑い声が増えた。
自分の名前を呼ぶ声が増えた。
そしていつの間にか。
それが当たり前になっていた。
目を閉じる。
すると、あの日の言葉が蘇った。
――「私は、ここにいます。」
あの時の阿部の顔まで、鮮明に思い出せる。
まっすぐ自分を見つめていた。
その言葉を聞いた時、自分は何を思ったのだったか。
今なら分かる。
嬉しかった。
阿部がここにいることが。
自分のそばにいることが。
「……。」
ゆっくり目を開ける。
もう、この屋敷をただの住まいとは思えなかった。
阿部がいる場所。
阿部が帰ってくる場所。
そして。
自分が帰りたいと思える場所。
「……遅いな。」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
言ってから、自分でも驚いた。
待っている。
自分は、阿部が帰ってくるのを待っている。
「……早く帰ってこいよ。」
誰もいない庭に向かって呟く。
届くはずもないのに。
⸻
翌日。
阿部が戻ってくる。
その知らせを聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。
自分でも分かる。
安心している。
けれど、そんなことを表に出すつもりはなかった。
いつも通り迎えればいい。
そう思っていた。
なのに。
気づけば、門の前に立っていた。
自分でも呆れる。
「旦那様が、わざわざお迎えに?」
女中の声が聞こえたが、答えなかった。
ただ、門の向こうを見つめる。
やがて。
見慣れた姿が見えた。
阿部だ。
その瞬間。
胸の奥が、妙に熱くなった。
ab.「旦那様?」
阿部がこちらに気づく。
少し驚いた顔。
その顔を見たら、たった四日なのに随分長く感じた。
「帰ったか。」
できるだけいつも通りに言う。
ab「……はい。」
阿部が微笑む。
その笑顔を見た瞬間。
やっと帰ってきた。
そう思った。
口から出たのは、たった一言だった。
「おかえり。」
言ったあと、自分でも少し驚いた。
今まで、誰かにそんな言葉を言ったことなどなかった。
けれど阿部には、自然に出てきた。
aa「ただいま戻りました。」
その声を聞く。
ただそれだけで、胸の奥にあった何かがほどけていく。
帰ってきた。
それだけでよかった。
「疲れただろ。」
ab「大丈夫です。」
「嘘。」
思わず言う。
阿部が目を丸くした。
ab「え?」
「顔に出てる。」
言ってから気づく。
自分は、思っていた以上にこの人のことを見ているらしい。
ab「旦那様、よく見てくださっているんですね。」
そう言って笑う阿部。
「……。」
返す言葉が見つからない。
けれど、誤魔化す気にもなれなかった。
「見ている。」
阿部の目を見る。
「お前のことは。」
阿部の表情が止まった。
自分の胸も、同じように止まった気がした。
けれど、不思議と後悔はなかった。
むしろ。
ようやく言えた気がした。
⸻
その夜。
雪明かりの庭を、阿部と二人で歩く。
以前なら、きっと自分が半歩先を歩いていた。
けれど今日は違う。
阿部の隣を歩く。
それが、ひどく自然だった。
ab「旦那様。」
「何。」
ab「寂しかったですか?」
足が止まる。
「……。」
答えたくない。
そんなことを認めるのは、少し恥ずかしかった。
けれど。
阿部は何も急かさない。
ただ、隣で微笑んでいる。
ab「答えなくても分かります。」
「勝手に決めるな。」
そう返す。
いつものように。
けれど阿部は笑っている。
ab「では違いますか?」
「……。」
違うとは言えなかった。
しばらく黙ったあと。
「……少し。」
ようやく口にする。
本当は、少しなんかじゃない。
寂しかった。
食事も。
仕事も。
静かな夜も。
何より。
阿部がいないことが。
けれど、そんなことまでは言えない。
今の自分には、まだ。
阿部が嬉しそうに笑った。
その顔を見て、胸が温かくなる。
ああ。
自分は、この顔が好きなのだ。
ようやく気づいた。
この人を失いたくない。
そばにいてほしい。
朝になれば「おはよう」と言ってほしい。
夜になれば「おやすみ」と言ってほしい。
そして。
帰ってきた時には。
「ただいま」と言ってほしい。
それを自分は、いつまでも聞いていたい。
この気持ちが何なのか。
もう、分からないふりはできなかった。
目黒は隣を歩く阿部を見る。
月明かりに照らされた横顔。
その手が、すぐ隣にある。
あと少し手を伸ばせば、触れられる距離。
けれど今は、まだ触れない。
ただ隣を歩く。
それだけでいい。
帰ってきてくれた。
自分のもとへ。
それだけで、今夜は十分だった。
そう思ったはずなのに。
「阿部。」
ab「はい?」
「……明日も、ここにいろよ。」
阿部が驚いたように目を見開く。
そして。
ab「はい。」
嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ながら、ほんの少しだけ笑う。
この屋敷が、以前よりずっと暖かく感じられた。
続
コメント
7件
めっちゃめめツンデレじゃ~ん!!笑 早く言っちゃえ!

ほんの少し気付いたのかな… 💚への気持ちが🥰
ちーん