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放課後。教室にはまだ数人の生徒が残っていた。
誰も喋らない。
誰も見ないふりをしていた。
日下部は、廊下の角で蓮司を待っていた。
鞄を小脇に抱え、真っ直ぐな目で。
蓮司が現れたとき、日下部は前に立ちはだかった。
「お前──」
「お疲れ」
蓮司はあくまで飄々としていた。
けれど、その目には警戒と楽しさが滲んでいた。
「話があるなら、廊下じゃなくてどっか座る?」
「ふざけんな」
日下部の声は低く、張り詰めていた。
「何がしたいんだよ。
お前の“演出”とか、“構図”とか──そういうの全部、
ふざけんなって言ってんだよ」
蓮司は肩をすくめた。
「演出なんてしてないよ。
俺はただ、“あるものを見せてる”だけ」
「見せたいように、見せてるんだろ」
「それが“現実”になったなら、それが現実ってことじゃない?」
「……遥は、何もしてない」
日下部の声が少し震えていた。
蓮司の顔から、笑みがわずかに消える。
「何もしてない? それ、誰が決めたの?」
「俺が、見てた」
「そっか。
でも、お前が“見てたこと”より──
“クラスが信じたこと”の方が強いよね」
一瞬、日下部の顔が固まる。
「そういうのが“加害”だって、わかってんのか」
「そうだよ。
俺は“加害者”だよ。
でもさ──
自覚があるだけ、マシじゃない?」
その言葉が、妙に静かだった。
突き刺すような鋭さもなく、ただ、
“どうせ届かないものだと分かってる人間”の声。
「遥、壊れるぞ」
「うん。
でも、壊れた方が──“本音”出るんじゃない?」
蓮司は、そう言って通りすぎた。
その肩に、日下部が思わず手をかけた。
「ふざけんなよっ……!」
けれど──
「怒るなよ。
“ヒーロー”は、冷静でいないと」
その言葉に、日下部の手は宙に止まった。
蓮司の表情は、皮肉でも挑発でもなかった。
ただ、“心から楽しんでいる者”の微笑みだった。
「……あいつ、“俺のせい”だって思い始めてる」
その呟きに、蓮司は立ち止まった。
そして、ゆっくりと振り返った。
「それが、お前の“正義”の限界なんだよ、日下部」
「守る」と「壊さない」の区別がつかない者が、
“守ろうとする”ことこそ──最大の破壊になる。
それを、蓮司は知っていた。
だから、何も言い返さない日下部の背中に向かって、
ぽつりと落とした。
「ねえ、“守る”ってさ──
誰かにそう言った時点で、
“お前のほうが弱い”って、決めつけることだよ」
日下部の目が、にぶく揺れた。
その日、ふたりの会話はそこで終わった。
通じたようで、何も通じていなかった。
言葉が刺さったのではない。
“構造に呑まれた”のだった。
蓮司は、まっすぐに去っていく。
日下部は、立ち尽くしたまま──遥の姿を探すように、教室を振り返った。
けれど──もう、誰もいなかった。