テラーノベル
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昼休み。教室の空気はざわついていたが、その中心に、遥はいなかった。
誰も声をかけない。
誰も目を合わせない。
それでも──“何か”が確実に変わっていた。
女子たちの会話。
教卓近くの一角。
小さな声が、わざと聞こえるようなトーンで続いていた。
「……マジで無理なんだけど」
「ね、わかる。あれ、なんかさ……“近くにいて欲しくない”っていうか」
「てか、“こっち見てるだけ”で無理。なんなの、あの目」
「“自分だけかわいそうです”って顔してさ」
笑い声はない。
誰も楽しそうにしていない。
けれど──その“真顔の拒絶”こそが、何よりも強く響いていた。
「……“汚れてる”って、ほんとに思った」
「前、階段でさ、あいつの手首、日下部が──」
「あれ、見た。やばくない?」
「てかさ、あんなの“守る”とかじゃなくない?」
「“気持ち悪い”よね、もう」
その言葉に、他の子が頷く。
誰も否定しない。
そこに“善悪”は存在しない。
それはただ、生理的嫌悪のレッテルだった。
遥は、教室の一番後ろの席に座っていた。
ずっと、下を向いたまま。
弁当を開くふりだけして、何も口にしていない。
言葉は届いていた。
全部、聞こえていた。
でも──目を閉じることも、席を立つこともできなかった。
(“気持ち悪い”──か)
胸の奥で、何かが小さく崩れる音がした。
涙は出ない。
怒りも湧かない。
ただ、
(……それも、罰か)
と思った。
近くにいた日下部は、遥の異変に気づいていた。
でも、言葉をかけられなかった。
なにを言っても、
「また守ってる」「加害者同士」
──そう言われる構図が、すでに完成していた。
そのとき、女子のひとりが、遥の机の上に目をやって、
わざと声を張った。
「それ、……近くにあるだけで食欲なくすんだけど」
沈黙。
誰かが笑った。
遥は、一瞬だけ手を止めた。
けれど、
何も言わず、そっと箸を置いた。
(俺がここにいるだけで、“汚す”んだ)
それが遥の答えだった。
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