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さかなな
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『お餅』🌹
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ベッドに横になり、布団に深く潜る僕の視界に影が覆う。小出さんが僕の顔を覗き込むようにして、顔を近付けてきたから。
「え……こ、小出さん? どうしたの……? ちょ、ちょっと!?」
「そのまま動かないで、園川くん」
ち、近い……!
小出さん、顔が近いって!
どうしちゃったの小出さん……。ぽってりとして柔らかそうな彼女の唇。それがすぐそこにある。僕がちょっと起き上がったら、唇と唇が重なり合うくらいに。
間近に見るそれにドキドキして、僕の体温は急上昇しているに違いない。もしかして小出さん、僕に、き、き、キスしようとしてる……!?
「はい、園川くん。そのまま……」
二人きりになった空間の中。小出さんが大胆になっている。やっぱり小出さんも普通の女の子であり、そういう年頃の普通の女の子だ、きっと、こういうシチュエーションに憧れて、そして、キスというものに興味津々であったに違いない。
それがついに解放されたのだ。解き放たれたのだ。確かに僕と小出さんはお付き合いをしている。つまりは恋人同士だ。手も繋いだし、デートもした。そしてついに、僕達はひとつ、階段を上ろうとしている。その時がやってきたのだ。ついに。
でも、困惑と嬉しさと戸惑いを感じながらも、ふと思う。本来、キスは男子である僕がリードしてあげるべきではないかと。きっと、小出さんは今、自分からキスをしようとしていることに恥ずかしさを覚えているに違いないのだ。
だったら、僕が小出さんを引っ張っていってあげたい。
だから、覚悟を決めよう。
「こ、小出さん、ちょ、ちょっと待って! 僕から……僕からするよ!」
「……え? 私は大丈夫だよ?」
小出さんは小首を傾げて、不思議そうに僕を覗き込む。大丈夫って、ウソッ!? 小出さん、実は意外と大胆だったの!?
「ち、違う! 大丈夫とかそういうのじゃなくて……。き、キス……キスするなら……全部僕に任せて!!」
「ふぇ!? き、キス……!?」
部屋の中に響き渡る小出さんの大きな声。それからポカーン──と、してしまった。そして完全にフリーズ。それから僕の唇をジーッと見つめながら自分の唇を指でなぞった。
が、その数秒後。小出さんの顔はみるみる赤くなり、ギューンと『恥ずかしさメーター』のゲージが一気にMAXへ到達。ボスンッ! と、顔から火が出て爆発してしまった。
「き、き、き、キスって! そ、園川くん何考えてるの! わ、わた、わた、私そんなの考えてない……え? き、キス!!?」
小出さんは大慌てでベッドから距離を取り、両手をぶんぶんさせながらあたふた。トマトみたいに真っ赤な顔で恥ずかしがっている。
「ええ? で、でも小出さん? 今僕に顔近づけてキスしようとしてた……」
「ち、違うよ! 熱! おでこに手を当てて熱測ろうと思ったのー!」
う、うそーー!? えっと、つまりこれは僕の勘違い!? 先走りってやつ!?
穴があったら入りたいんですけど。
* * *
あれから――。
小出さんはすっかり意識しまくっちゃったみたいで、床にぺたんと座り込んで顔を真っ赤にしたまま動かなくなってしまった。
き、気まずい……。なんとかして話題を変えないと。誤魔化さないと。
「あ、あはは……。い、いやね。き、きす……きすの天ぷらがね……えーと、食べたいなぁって。小出さんも好き? き、きす? なーんてね。あはははっ! はあ……」
なーんてね、じゃないでしょ園川大地よ。正座したまま僕のことを見てくれなくなっちゃったじゃん。
完全にやってしまった……。
チコチコ──と。置き時計の針が動く音が、はっきりと聞こえる。窓の外からは車が通り過ぎる音も聞こえ、そして、それはすぐに消え、また静寂に戻る。
(ど、どうしようこの空気……)
ベッドから起き上がり、思案する。が、良案が浮かばない。この気不味い雰囲気を打破できるほどの話術は持ち合わせていない。
僕と小出さんはお互いの顔を見ることができないまま、置き時計の針が進む音に気不味さを預けようと、耳を傾ける。
静まり返る、小さな空間。
しかし、その静寂を破るようにして小出さんは小さく呟いたのである。
「──園川くん。キス……したいの?」
小出さんは正座した膝の上に手を置いたまま言葉を投げた。彼女の頬は赤くそまり、ちょっとの色っぽさを醸し出し、そして視線を伏し目がちにして床に落とす。
僕はその問いかけに、どう答えようか考える。唾を飲み込み、布団の端を見つめたまま正直な胸の内を曝け出した。
「――そりゃ、したいよ。キス。小出さんとキスを、僕はしたい」
小出さんはいっそう顔を赤くして、両手でスカートをギュッと握った。
「そうなんだね……。そっか。園川くん、そういうのあんまり興味ないんじゃないかと思ってた……。でも、そうなんだ。キス、したいんだ」
「こ、小出さんはキス……したくないの?」
「……ないしょ」
そして再び、静寂が戻る。
小出さんはまた自分の唇を指でなぞり、ポーっとした表情のまま床を見つめている。
僕の胸はドキドキと、早いリズムで大きく動いていた。
そしてチラリと彼女の唇を見る。そのドキドキはより加速した。まるで蒸気機関車のように、激しく。速く。けたたましく。
「……あ、アイス。そうだ園川くん、アイス食べる? 私食べさせてあげるから」
そう言って、買ってきてくれたカップアイスを手に取って、そしてフタを開けてくれた。アイスは少し溶けてしまっていた。二人の心の中のように。
その溶けかけのアイスを小さな木べらで掬うと、小出さんは僕の口元に持ってきた。少しの気恥ずかしさを覚えながら、そのアイスを口にする。甘い、バニラの優しい味が口いっぱいに広がった。
「美味しい? 園川くん?」
「う、うん……美味しいよ」
「良かった……」
言って、顔をほころばせた。そしてもう一度アイスを掬うと、もう一度僕の口元に。それを口に含もうとしたら、溶けかけのアイスが木べらから溢れ、僕の口元にひとすじ流れた。
「あ、溢れちゃった。小出さん、そこにあるティッシュを取って──」
言葉を言い終わらない内に、小出さんが僕に顔を近付ける。そして僕の口を塞いだ。
彼女の柔らかな唇が。
アイスの付いた口元に吸い付いて、『チュッ』と小さな音を立てる。温かで、柔らかでな小出さんの唇の感触を僕は知った。
とろりとした表情で、彼女は唇をゆっくりと離した。そして恥ずかしそうに再度、さっきよりも頬をより赤く染める。
小出さんの『ないしょ』を、僕は知ったった。
「き、キス……なのかな、これ。園川くん、嫌じゃなかった……?」
突然の出来事に言葉を見つけることができず、僕は黙って首を横に振るしかできなかった。
小出さんはそんな僕を見てはにかむと、カップアイスをテーブルに置き、そして床のバッグを手に持って立ち上がった。
「は、早く元気になってね。それでまた、学校でたくさんお喋りしよ? 私楽しみにしてるからね……じゃ、じゃあまた明日ね!」
ドアを開け、勢いよく部屋を出て行く小出さんを黙って見送った。頭が、ボーッとする。熱のせいではない。
僕は口元に残るアイスを指で拭い取り、そして、それを口に含んだ。
ファーストキスの味は、バニラアイスの味がした。
【続く】