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ワイバーンが単純な狩りを目的に飛空艇を襲うのは分かる。しかし、コボルトロードに飛行能力はなく、補助の魔道具や魔法を使うこともない。身体能力が高くとも、雲の波を泳ぐような高度まで跳ねられるわけもなく、彼らがワイバーンを使って飛び乗ったのは明白だ。だが、それはあまりにも不自然だった。
「どうなってるの、ヒルデガルド!? あいつらまさか……!」
「ああ、誰かに操られてるんだろう。特にワイバーンは間違いなく」
気性の荒いワイバーンはコボルトと違って本能的で、聞く耳など最初から持たない。乗れるとしたら誰かが魔力同調によって操り、コボルトロードがそれを利用した以外にないだろうとヒルデガルドは推察する。
状況は更に悪化し、追い打ちをかけるように他の冒険者から応援の要請が入った。
「大変だ、デッキのあちこちにコボルト共が……!」
「群れを率いてきやがったんだ、いったいどこから!?」
障害があまりにも多すぎる。ヒルデガルドも、さすがにこれ以上は本来の自分を隠しているわけにもいくまいと杖をイーリスに返して竜翡翠の杖を取り出そうとしたが、黒い閃光のような影がコボルトロードに飛び掛かった。
「無事か! 加勢するぞ、ヒルデガルド!」
自身の槍を携えて、アーネストが戦いに加わる。背丈よりも大きな槍を両手に軽々と振り回し、人間の身でありながらコボルトロードをたじろがせるほどの大立ち回りでヒルデガルドたちの傍へ駆け寄った。
「ワイバーンはあなたでなければ簡単には倒せまい。コボルトロードは俺が──ああ、どうやら他の仲間も駆けつけてくれたようだぞ」
飛空艇の中から救援にやってきたのはアーネストだけではなかった。薄青に輝く魔法陣から放たれた氷の槍がコボルトロードの脇腹を掠め、床に突き刺さる。立っていたのは、アベルとアッシュだ。主人のにおいを辿って、デッキまで助けにやってきた。たとえ相手が同族であっても容赦のない唸り声をあげて。
「ハ、総力戦だな。ここまで酷い状況は久しぶりだ」
頼りになる顔ぶれが揃ったところで、まずは優先すべきコボルトロードを倒そうとした瞬間、飛空艇が大きく揺れた。ワイバーンの猛攻に耐え切れなかったようには見えず、全員がバランスを崩す。
飛空艇のあらゆる場所で、けたたましい警報音が鳴り響く。
『聞こえるか、そこの嬢ちゃんたち!』
船長の声だ。体勢を立て直したヒルデガルドが即座に周囲に結界を張り、コボルトロードの不意打ちを防ぎながら「何があった!?」と呼びかける。操舵室の周辺から流れてくる緊迫感のある声が、逼迫した状況を伝えた。
『一階の動力室に問題が起きたらしい! こんな状況で悪いが、誰か見に行ってくれやしねえか! 俺たちは飛空艇の舵を取るので手が離せねえ!』
こんなときに、と舌打ちをする。もはや誰もが手一杯の状況で、脅威は異常なまでに湧いている。手が離せないのはヒルデガルドたちも同じだった。
「ヒルデガルド、ボクが行くよ。動力室だね?」
「待て。君ひとりで行かせるのは……」
イーリスの傍に鈍色の甲冑が立って、がんっと胸を叩く。
「俺も同行して彼女を守ります。任せて下さいませんか」
「クレイグ。……わかった、頼めるか?」
「ええ。これでも、ちょっとは腕に自信があるもので」
いまさら手段をのんびり選んでいる時間はない。目の前で起きている争いから離れられない以上、二人に任せるのが最善だ。
「よし、では作戦を決めた。アベル、アッシュ、そしてプリスコット卿! 君たちはコボルトロードを、ワイバーンは私がなんとかしてみせよう! イーリス、君は動力室に。……クレイグ、君も無事で帰ってこい。では始めるぞ!」
飛空艇の出入り口付近にいたアベルたちがコボルトロードを牽制し、ヒルデガルドがイーリスに杖を返して結界を解くと同時にアーネストが挑みかかる。その隙間を縫うようにイーリスたちが駆け抜けていく。
見送ったヒルデガルドは、指をひと慣らしして、一匹ずつワイバーンを落としていく。他の冒険者たちも、なんとか時間を稼いだり、乗り込んできたコボルトたちを少しずつ減らしている。戦いは順調に優勢へ傾いた。
(数が多すぎる。しかもワイバーンは火球を吐くときに、確実にコボルトのいない位置を狙っている。まるで何者かに統率されているかのような……。何が起きてるというんだ、この飛空艇で? あまりに異質が過ぎやしないか?)
ようやくワイバーンの数が減り、ギルドの魔導師たちがへたり込む。魔力を使い過ぎて、耐え抜いたものの体力は限界に達していた。
「あ、ありがとうございます……助かりました……!」
「気にするな。結界はこちらでなんとかしよう」
多少の安全が確保できたら、すぐに結界を張る杭のもとへ向かう。本来は数本で管理するものだが、魔水晶の大きさを見ればヒルデガルドも自身の魔力に耐えうるだろうと判断できた。既にコボルトたちの進入は許してしまっているとしても、ワイバーンからの攻撃は一切を遮断できれば、あとは操舵室に舵取りを任せるだけだ。
「やれやれ、何が専属魔導師だ。情けなくなる」
両手を触れた魔水晶の杭が、周囲を淡い緑の輝きで満たしていく。飛空艇を包むような球状の結界に押し出されて、ワイバーンたちは距離を取らざるを得ず、火球で破壊を試みても、先ほどとは違って簡単に弾かれた。
「プリスコット卿、状況はどうなって──」
振り返ったとき、愕然とした。二匹のコボルトロードは、通常の個体ではなかった。迷宮洞窟で見たときよりもさらに力強く、そも二匹が血の繋がりを感じさせるような結託ぶりを見せていて、深手を負ったアベルたちを背に、アーネストが傷だらけになってもなお立ち塞がって守っているのだ。
「すまない、ヒルデガルド! 俺の不注意で彼らが……!」
ほんの一瞬の隙を突かれ、アーネストが危うく戦斧の一撃をもらいそうになったのを、アベルたちは咄嗟に庇ったのだ。そのせいで立ち上がれないほどの傷を負い、アッシュに至っては完全に意識を失っていた。
『グルルル……たかがチビのコボルト風情が』
『俺たちに敵うわけないのに。馬鹿な奴ら、同族のくせに』
けたけた笑って馬鹿にした二匹のコボルトロードを見て、ヒルデガルドは彼らの魔力を感じ、操られていないことに気付く。その瞬間、激しい怒りが胸の内に湧き上がった。アベルとアッシュという心優しき家族を馬鹿にされたからだ。
「……そうか。そんなに死にたいのか」
もう我慢ならなかった。周囲にいる冒険者たちが自分に注視していないと分かり、彼女は遠慮なく手のひらに迸った閃光から竜翡翠の杖を手にする。
「ならば殺してやろう、私の家族を傷つけてくれた礼にな」