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『ジャクソン様、清掃が行き届いておらず、ご不快な思いをさせて申し訳ございませんでした』
俺は腹の底に怒りをしまい、ビジネススマイルを浮かべてお辞儀をする。
『スタッフの教育がなってないんじゃない?』
スカーレットはソファに座って脚を組み、スマホを弄りながら言う。
『お客様からいただいたお言葉を教訓に、同じミスを犯さないよう心がけます』
『ふん、いいわ。出てちょうだい』
彼女は俺を見ず、虫でも払うように手を振る。
が、俺は動かなかった。
スカーレットはそのあともスマホを弄っていたが、不審な目で俺を見てくる。
『聞こえなかったの? 部屋を出ろと言ったの』
『お客様に、もう一つ申し上げておきます。当ホテルの清掃が行き届いておらず、ご不快な思いをさせてしまった事はお詫び申し上げますが、お客様がスタッフに暴行を加えた事は別の問題です。スタッフから事情を聞き取ったあと、警察に相談するつもりでいますので、ご了承ください』
そう言うと、彼女は目を見開いた。
『は? なんでそうなるのよ! 人の男を寝取った女が悪いんでしょ!? 私は被害者なの!』
『それはそれ、これはこれです。プライベートで問題があったなら、ホテルの外でお願いいたします。しかしホテル内でお客様がスタッフに暴行を加えた場合、弊社としても社員を守るために動かなければなりません。スタッフはお客様の奴隷ではございません。ホテル、ならびにスタッフへの敬意がない方は、二度と来ていただかなくて結構です』
言い切ると、スカーレットは顔を引きつらせる。
『ウィルに言ってやる! 彼の会社と商談があるそうだけど、これでパァね! あなた一人でプロジェクトが潰れた尻拭いをするといいわ!』
彼女は勝ち誇った顔で言うが、そちらもすでに手を回してあるので問題ない。
『謝罪するお気持ちがないなら、警察への通報に同意されたと見なしますね。それでは、失礼いたします』
俺は最後まで微笑みを絶やさず、一礼すると出入り口へ向かう。
『死ね! クソ日本人!』
スカーレットはそう言い、俺に向かってスマホを投げつける。
退室する前に一礼した俺は、それをヒョイと避けて付け加えた。
『ご自身の私物を破壊する分には結構ですが、ホテルの備品を傷つけた場合は、損害賠償請求をいたしますので、ご了承ください』
微笑んで言うと、彼女はお嬢様と思えない、口汚い言葉で俺を罵った。
度を超した怒りを持つと、人はかえって冷静になるらしい。
俺はそのあとも変わらず業務を続け、ウィリアムがホテルに戻ったあと、彼に婚約者がしでかした事を伝えた。
彼はまさかスカーレットが芳乃に暴力を振るうと思っていなかったようで、酷く動揺していたが、どうなるかは知った事じゃない。
家に帰れば真っ暗で、芳乃が出て行ったのかと不安になったが、留まってくれていて安心した。
だが彼女は何か大きな思い違いをしていて、俺の事を好きと言ったのに出て行くと言ってきかなかったので、とうとう抑えていた想いをぶつけてしまった。
俺はずっと高校時代から想い続け、芳乃のために頑張り続けてきたのに、どうして上手くいかないんだ。
求めればすべて手に入れられるのに、芳乃はひたすらに身を引こうとしていた。
――そんなの許さない。
――八年待ってやっと手に入れたのに、絶対に逃がしたりしない。
やっと彼女から好きと言ってもらえたのに、ここで間違えたらまた一からやり直しだ。
腹を括った俺は、泣きじゃくる彼女を抱き締めながら、格好悪い過去を打ち明ける覚悟を決めた。
このままじゃ、いつまで経っても俺たちの距離は縮まらないと思ったからだ。
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私は信じられない思いで暁人さんを見つめる。
「……悠人、くん?」
彼の事は覚えている。忘れたりなんかしない。忘れられない。
ガリ勉で融通の利かない、同級生にはよく〝可愛くない女〟と言われていた私を、初めて女性扱いしてくれた王子様みたいな男の子だ。
本当は彼の想いに応えたかったけれど、すべてを諦めて恋に溺れるには世間を知らなすぎると思い、自分のためにも彼のためにも告白を断った。
恐る恐る〝生徒〟の名前を呼ぶと、暁人さんは「はい」と微笑んだ。