テラーノベル
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朝の光はやけに眩しかった。
けれど、あれは陽射しのせいじゃない。
眠れていない目が、ただ痛んでいるだけ。
教室の席についた遥は、机の上に肘をついて俯いたまま、誰の視線も拾わないようにしていた。
耳の奥には、まだ蓮司の声が残っている。
──言ってみたら? 抱いてくださいって。
──おまえの中で、“あいつ”が終わるんだよ。
(……あれ、嘘じゃなかったら、どうすんだよ)
怖かった。
優しさが、罪悪感からの施しだったら。
ほんの一時の贖罪が済んだら、日下部は──いなくなるのかもしれない。
ふと、視界の端に影が落ちた。
顔を上げなくてもわかる。日下部だった。
「……おはよ」
声は、変わらなかった。
あの日も、昨日も、何度も交わしたそれと、何も変わらず、ただ優しく響いていた。
けれど──今日は、それが遠かった。
遥は返事をしなかった。
目も合わせないまま、ノートの端に指先で意味のない線を描き続ける。
沈黙。
その数秒が、ひどく長く感じた。
「……なんか、あった?」
日下部の声は、ごく静かだった。
問いかけるのではなく、そっと置くように。
けれど、遥にはそれすら“測られている”ように感じた。
「別に。いつも通りだけど?」
返した声は、どこか乾いていた。
感情を押し殺すつもりだったのに、喉が勝手に軋んだ。
日下部が何か言いかけて──やめた気配がする。
その気配だけが、遥の神経を逆撫でした。
(なに、やめてんだよ。……言えよ、なんでも)
叫びたいのに、声にならない。
逃げたいのに、なぜかその場を離れられない。
「……無理すんなよ」
ぽつり、と日下部は言った。
その“優しさ”が、遥を突き刺す。
(無理してねぇよ。してねぇ……ふりしてんだよ、ずっと)
──おまえに壊されたくねぇから。
──汚れてるのは、俺のほうだから。
遥は俯いたまま、かすかに眉を寄せた。
日下部の足音が、教室の後ろに消えていく。
──追いかけなかった。
いや、追いかけられなかった。
“いなくなったらどうしよう”と怯えてるくせに、
“ここにいる日下部”には、なぜか声をかけられない。
(……ほんとに、俺、なにやってんだよ)
机の上に落ちた髪の影が揺れた。
その下で、遥の指先はまた、ノートの上をぐちゃぐちゃに引っ掻き回していた。
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