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にゃー。
気怠げな猫の鳴き声を聞きつつ、河川敷を一列に並んで歩いていた。
「結局猫探しかよ。探偵だろお前」
「探偵は猫探しをするんだ」
「事件を解決じゃなくて?」
俺たち二人からそう責め立てられ、返す言葉もないのか呆れたのかは知らないが、明智はだんまりを決め込んだ。ドラマの見過ぎなのだろうが、探偵とはもっと事件を推理するものだと思っていたが。だが実際は、人探しや浮気調査、猫探しなど地味な仕事ばかりらしい。まあそういう仕事をこなすのだから、目立っちゃいけねえんだろうけど。
「つか、あの子常連なのかよ」
「綾子のことか? ああ、まあ……常連なのは、彼奴の父親だが」
腕に猫を抱えつつ明智はうなずいた。
灰色のセーラー服の少女は安護綾子というらしく、明智によく猫探しを依頼してくる男の娘らしい。今日は、その綾子の父親が出張でいない為、綾子のほうから依頼をしに来たのだとか。だが、数週間前にも脱走しており、これで五回目ぐらいらしい。猫なんて放っておけば帰ってくるものだろうと思っていたが、その猫というものがまた特別らしく、依頼をしに来るのだとか。
「母親からの最後の贈り物らしいぞ。だから、大切なんだって」
「探偵って秘密主義じゃないの?」
「俺達に個人情報教えていいのかよ」
と、空と突っ込めば、明智は「あっ」と思い出したかのように声を漏らした。その様子はひどく滑稽で、本当に忘れていたのだと腹が痛くなってきた。
明智は、自分のミスに気づきつつも口をパクパクと動かして、どうにか言葉を紡ごうとしていた。どんな言い訳が出てくるのか楽しみにしていれば、明智は耳を赤くして小さな口を開く。
「お前ら……だから、多分」
「なんつった?」
「いいや、いい。忘れてくれ」
そう、明智はごまかそうと少し早足になった。
何が言いたかったのか、さすがに今回は理解できず問い詰めるが明智は「忘れろ」の一点張りで教えてくれない。諦めきれずもう一度尋ねようとすると、後ろから空に肩をたたかれた。
「んだよ、空。お前も気になるだろ!?」
「まあ、ハルハルの口から聞きたいっていうのはあるんだけど、でもオレ何となくわかっちゃった」
「はあ?」
空は全部お見通しとでもいうように、口に人差し指を当てていった。俺には理解できず、何が。と尋ねれば、空は少し考えてみなよ。と俺に時間を与える。
だが、ここまで来たら答えのほうが気になって考えるどころの騒ぎではなかった。
「いいから、教えてくれよ」
「耐え癖ないなあ。少し考えればわかることなのに」
「わかんねぇから聞いてんだよ!」
そう叫べば、耳が痛いというように空は耳を塞いだ。確かに今の声は大きかった気がする。反省していれば、前から嘲笑うように猫がゴロゴロと鳴いていた。
空は、ようやく耳化手を離し「わかったから、とりあえず落ち着こうね」と子供をなだめるように言うと俺が阿呆とでもいうように笑っていた。いつものことなのだが、俺だけわかっていないというのが悔しくて、俺のせいじゃないと目をそらす。そんな俺を見て、空はまた笑っていた。
「んだよ」
「ん~ミオミオらしいって思ったの。変わってないなあって」
そう言って空は頭の後ろに腕を回し俺の先を歩く。長い黒い影が、オレンジ色に染まったアスファルトに伸びていた。俺はその前を行く明智と空の影をゆっくりと目で追っていた。なんだか、本当に取り残された気分だった。
「ハルハルが言いたかったのは、オレ達を信頼しているからついうっかり口が滑っちゃったってこと。気を許している、それぐらいオレ達の存在は大きいんだって言いたかったんだと思うよ」
「……」
「いいや、自意識過剰かもしれないけど。何となく。ほら、ハルハルって口下手じゃん。だからそう思っただけであって」
と、途端に自分の主張があっているかわからなくなったのか、空はしどろもどろになってしまった。だが、それで正解なのだろう。空の言ったことはきっと多分あっている。
明智はそういうことを口にしないが、伝えようとか、思っているというのが態度には出る。それをしっかり見ていた空はきっとそうなんだろうなと予想したのだ。
本当は、口で伝えてほしいところだが、彼奴の性格からしてきっと当分は無理だろう。
(でも、伝えられずに終わるってこともあるんだからよ……言ってくれてもいいじゃねぇか)
黒いスーツに身を包んだ明智の背中を見つめながら俺は思う。俺は、神津に伝えようと思っていた言葉を、後からでもいえるだろうと口にしなかった。そうして結局伝えきれずに終わってしまった。そういう後悔があるからこそ、明智には口にしてほしい。
頼ってるって、信頼しているのであれば、「助けてほしい」ぐらい言ってほしかった。重荷になるとか考えなくていい。ダチだから頼ってほしかった。
これは、俺のわがままだろうが。
「明智」
「何だよ、高嶺」
俺が呼び止めれば、明智は足を止め少しだけこちらに体を向けた。まだ恥ずかしいのか完全に顔を見せてはくれない。らしいといえば、らしいが。
俺はぐっとこぶしを握り込んで、明智を見る。
お前は俺達をどういう風に見ている? どんな風に今、世界が見えている? 寂しくないか?
そんな心配の言葉を、自分なりの言葉に編み込んで俺は言う。
「俺達はずっとお前のダチだからな。だから、いつでも頼れよ。勿論、隠し事話だぜ」
そう言って、俺が親指を立てれば、猫を抱きかかえたまま明智はふっと笑った。
「とっくの昔からそう思ってる。お前たちは俺の友人だって。本当につらくなったら、まあ頼らせてもらう」
明智はそういうと似合わないような、それでいて眩しい笑顔を俺達に向けた。
逆光でよく見えなかったが、確かに笑っているように見えた。