テラーノベル
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「……毎月二十四万の社会保険料。それに法人住民税の均等割。インボイスのせいで結局免税の特例が使えなかった莫大な消費税と、法人税……」
北海道、帯広市。
株式会社インフィニティ・ワンの代表取締役社長・秋谷雪(あきやゆき)は、四畳半の玉座(三万円のゲーミングチェア)の上で、死んだ魚のような目をしながらブツブツと呟いていた。
「ダメだ。このままじゃ、ただ配信して稼ぐだけじゃ穴の空いたバケツに水を注ぐようなもんだ。もっと……もっと【効率的】に利益を最大化しなきゃ、会社が潰れる……っ!」
俺は、充血した目でデュアルモニターを睨みつけた。
片方にはジェミニ先生が弾き出した絶望的な資金繰り表。
もう片方には、結愛(ゆあ)がまとめた俺のYouTubeチャンネルのアナリティクス(分析)データが表示されている。
「結愛! ジェミニ! 聞け!」
俺は、マイクに向かって声を張り上げた。
「今の俺たちに必要なのは、根性論でもプロレスでもない! 徹底した【データ至上主義】だ!」
『……データ至上主義、でございますか?』
ディスコードの向こうで、結愛の冷ややかな声が響く。
「そうだ! お前ら、『セイバーメトリクス』って知ってるか?」
俺は、かつてネットの掲示板でプロ野球のデータ談義に花を咲かせていた頃の知識を引っ張り出した。
「野球において、打率や打点みたいな昔ながらの【感覚的な数字】じゃなく、出塁率や長打率を組み合わせた『OPS』や、選手がどれだけ勝利に貢献したかを示す『WAR』といった【客観的な統計データ】を用いて、最も効率的に勝つための戦略を立てる手法だ!」
『プロ野球のデータ分析手法ですね。存じ上げております』
「俺はこれから、この株式会社インフィニティ・ワンの事業(配信)に、そのセイバーメトリクスを完全導入する!!」
「無駄なバント(意味のない雑談)はしない! 確実にホームラン(高額スパチャ)を狙える球(話題)だけをフルスイングするんだ!!」
俺の熱弁に対し、AIのジェミニ先生が即座に反応した。
『ルシフェル社長の意図は理解しました。つまり、配信における【視聴維持率】や、視聴者一人あたりの収益を示す【RPM(千回再生あたりの収益)】を指標化し、最も収益性の高い配信スタイルを模索するということですね』
「その通りだジェミニ! さすが俺の右腕(AI)!」
「結愛! お前のその元コールセンターの分析力で、俺の過去の配信データを全部洗い出せ!」
「何分何秒に同接が伸びて、どの話題を出した瞬間にスパチャが一番飛んだのか、完全に数値化するんだ!!」
『承知いたしました。すでに先月の全アーカイブの音声解析と、スーパーチャットの相関データの抽出は完了しております』
「仕事早すぎだろ!!」
結愛のタイピング音と共に、俺のモニターに恐ろしいほど詳細なエクセルのグラフが表示された。
『では、ルシフェル社長の配信における【収益化最適モデル】をご報告いたします』
結愛の冷徹な声が、俺の過去の配信の「無駄」を次々と切り捨てていく。
『まず、配信冒頭で行っている「皆さんこんばんは、ルシフェルです」という標準的な挨拶。この数分間で、視聴維持率が平均して約15%低下しています』
「はっ!? 挨拶だぞ!? 礼儀だろ!!」
191
레몬인
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そあち♡໒꒱
88
なんたろ
1
『データが全てです。視聴者はルシフェル社長の「普通のアイドル営業」には一切の価値を感じておりません。挨拶は不要(無駄なバント)です。開始0秒から、税金への怨嗟を叫んでください』
「出落ちじゃねえか!!」
『次に、スーパーチャットが最も飛ぶ条件(ホームランゾーン)の分析です。ルシフェル社長が【①市役所の鈴木さんの名前を出した時】、【②インボイスの仕組みに絶望して白目を剥いた時】、そして【③私(結愛)が冷徹な正論で社長を論破した時】。この3つの条件が重なった瞬間、RPMは平常時の約400%に跳ね上がります』
「…………」
俺は、言葉を失った。
つまり、俺が四十歳のリアルな悲哀と税金の恐怖に悶え苦しみ、それを冷たい事務員に切り捨てられるという『公開処刑の様式美』こそが、最も利益率の高いコンテンツであるという完璧な証明だった。
『逆に、ゲーム実況においてルシフェル社長が純粋にゲームを楽しんでいる時間帯は、スパチャの飛ぶ確率が極めて低く、WAR(配信貢献度)はマイナスです』
「俺の唯一の癒やし(ゲーム)がマイナス評価!!」
『以上のデータから導き出される、最も効率的な配信スタイル(セイバーメトリクス)は以下の通りです』
画面に、箇条書きでマニュアルが表示される。
一、配信開始直後に、来年の税金計算を開示して悲鳴を上げる。
二、リスナーからのマシュマロ(質問)に対して、結愛がコールセンター話法で冷たくあしらう。
三、それに俺が「やめろ! 寿命が縮む!」とツッコミを入れる。
四、一時間でスパチャの勢いが落ちたら、即座に配信を切る(ダラダラやらない)。
『これが、現在の株式会社インフィニティ・ワンにおける、最も勝率(収益率)の高い黄金の方程式です』
「……完璧だ」
俺は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
感情なんていらない。
やりたいこと(ゲーム)なんてしなくていい。
社会保険料二十四万円。均等割七万円。そして数千万の税金。
この圧倒的な固定費と負債をクリアするためには、ただデータを信じ、最適化された【集金マシーン】になるしかないのだ。
「よし……。やってやる。今夜の配信から、俺はこのマニュアル通りにしか動かないマシーンになるぞ」
その日の夜。
俺は、配信開始のボタンを押した瞬間から、一切の感情を捨て去った。
「おうお前ら! 今日もインボイスの足音が聞こえるか!! 俺の来年の消費税、計算したらまた増えてたぞォォォ!!」
『wwwwwww』
『挨拶なしかよwww』
『開始0秒で発狂』
俺の叫びに呼応するように、さっそく赤いスパチャが飛ぶ。
「結愛! 次のマシュマロ出せ!」
『かしこまりました。次のお客様(アンチ)をご案内いたします。……大変申し訳ございませんが、そのような理不尽なご要求には……』
結愛の完璧なクレーム処理が炸裂し、チャット欄が熱狂する。
「やめろ結愛! お前が冷たくするからスパチャが飛んで、俺の課税売上が増えるんだよォォォ!!」
台本通りの、完璧なツッコミ。
『おおおおお!』
『スパチャ:10,000円(予定調和の美しさww)』
『スパチャ:50,000円(和尚の悲鳴がBGM!)』
チャット欄の盛り上がりも、スパチャの額も、結愛の分析データ通りに推移していく。
「……(よし。今、配信開始からちょうど一時間。スパチャのペースが落ちてきたな)」
俺は、モニターの隅に表示させたグラフの曲線が下がり始めたのを確認した。
「じゃあお前ら! 俺は明日も鈴木さんに怯えなきゃならないから、今日はここまでだ! さっさと寝ろ!!」
『えっ!?』
『もう終わるの!?』
『まだ一時間しか経ってないぞ!!』
リスナーの戸惑いの声を完全に無視し、俺は容赦なく配信終了のボタンをターンッと叩き切った。
「……ふぅ」
静寂が戻った四畳半。
俺は、ダッシュボードの売上金額を確認した。
たった一時間。
それなのに、普段の三時間の配信と同等、いやそれ以上の収益を叩き出していた。
『お見事です、ルシフェル社長。データ通りの完璧なオペレーションでした。これが、効率化されたビジネスの形です』
結愛が、淡々と結果を評価する。
「……ああ。すげえな、セイバーメトリクス。これなら、あのバカ高い社会保険料も、なんとか払っていけそうだ」
俺は、三万円のゲーミングチェアの上で、深く息を吐いた。
効率は最高だ。
稼ぎも最高だ。
会社はこれで安泰だろう。
だが。
「…………」
真っ暗になったモニターに映る俺(秋谷雪)の顔は。
数万人の前で熱狂を生み出したエンターテイナーの顔ではなく。
ただベルトコンベアの前で、決められた作業をこなすだけの、感情を失った【工場労働者】のような、空虚な表情をしていた。
最適化された配信。
データ至上主義の罠。
この時、俺はまだ気づいていなかった。
『泥臭いおっさんのリアルな足掻き』こそが最大の魅力であった俺が、感情を捨ててマシーンになった時。
リスナーたちの心に、どのような「亀裂」が入るのかということに。
コメント
1件
あらためて読み返してもめっちゃ面白いんですけど!!笑 冒頭の税金の叫びから始まるの、もうルシフェルさんのスタイル完全に確立してるよねw セイバーメトリクス導入で「無駄なバント(雑談)禁止」って言い出すの最高すぎるし、結愛の「開始0秒から税金への怨嗟」ってマジで草ww でもね、最後の「感情を捨てた工場労働者」みたいな空虚な表情で終わるとこ、実はめっちゃグッときたんだよ… 効率化は正しいはずなのに、なんでこんな寂しい気持ちになるんだろうって。 結愛が次にどんな一言くれるのか、すっごく気になる〜😭💕 データと人間らしさの狭間で揺れる秋谷さん、推せる…!!!