テラーノベル
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週明けの月曜日、午前七時半。RESTIA本社、社長室。
高層階の窓から朝の光が差し込む静かな室内に、キーボードを打つ音だけが響いていた。コンコン、と控えめなノックが鳴る。
「入れ」
短く答えると、黒瀬が入室した。
「坊ちゃん。広報宛てに届いた取材照会です」
一枚の書類が、デスクの上へ差し出される。慧はそこに記された見出しへ目を落とし、長い脚を組み直した。
「思ったより、嗅ぎつけるのが早いな」
「店の出入り口を押さえられていたようです」
「相手の顔と身元は、必ず伏せさせろ」
「記事そのものは?」
「止めなくていい」
黒瀬の眉が、わずかに動いた。
「よろしいので?」
「内容は、事実から大きく外れていない。下手に圧力をかければ、かえって嗅ぎ回られる」
「なるほど」
黒瀬は書類を受け取りながら、深々とため息をついた。
「奥様に雷を落とされても、私は一切身代わりにはなりませんからね」
「その時は俺が受ける」
「では、坊ちゃんのご無事をお祈りしております」
「大げさだ」
「そう言っていられるといいですね……」
黒瀬は一礼し、社長室を出ていく。扉が閉まる直前、ぽつりと呟いた。
「……本日中に詰められますね、これは」
***
同日、午前九時。出社すると、営業部が朝から妙にざわついていた。
「ねえ、この記事の『一般女性A子』って、誰だと思う!?」
「顔は隠れてるけど、絶対美人だよね!」
「うそー、ショック! 私、神代社長のファンだったのに!」
(朝から何の話よ……。月曜の朝イチから元気ね)
気にせずデスクへ向かおうとすると、後輩の森下がものすごい勢いで駆け寄ってきた。
「橘先輩! 大ニュースです!」
「びっくりした……。何がそんなにニュースなの?」
「これ、見てください!」
ずいっと目の前に突きつけられたスマホ。画面に表示された見出しを見た瞬間、私は固まった。
【週刊日報・独占スクープ】
『RESTIA・神代慧社長、一般女性A子と高級ジュエリー店へ! 結婚秒読みか!?』
「……」
え。待って。何、これ。
記事をスクロールすると、土曜日に撮られたらしい写真が何枚も掲載されていた。
ショップへ入る二人の姿。帰り際、ネイビーのEVの窓越しに話している姿。私の顔には、しっかりとモザイクがかけられている。でも。
(その服!)
(その髪型!)
(そのバッグ!)
(どう見ても私なんだけど!?)
しかも、結婚秒読みって……。
(いや、もう結婚してるから! 契約だけどね!)
おまけに、ご丁寧に記事にはこう書かれていた。
『お相手は一般女性A子さん。高級ジュエリー店を後にした二人は、別れを惜しむように車越しで言葉を交わしていた――』
(別れを惜しんでない! あいつの過保護を断ってただけだから!)
「先輩、何か聞いてません?」
森下が目を輝かせながら、ぐいっと顔を近づけてくる。
「……知らないわよ。仕事以外のことなんて」
声が裏返らなかった自分を褒めたい。
「でも、この人すごくないですか? 神代社長の隣にいても全然負けてないっていうか、すっごくお似合い!」
「へ、へえ……」
「しかも、あのハーヴェル・ウィンザーですよ? 遊びの相手と行くようなお店じゃないですって。羨ましすぎます!」
「どうかしらね……」
営業用の笑顔を貼りつける。内心では、盛大に叫んでいた。
(一般女性A子って……)
(目の前の私だから!!)
デスクの向こうでも、同僚たちの会話が止まらない。
「神代社長って、今まで全然女っ気なかったよね」
「こういう人ほど、本命は徹底的に隠すんだって」
お願いだから、もうやめて。噂の張本人は、今ここでパソコンを開いてますけど!?
「――橘先輩?」
森下が、ニヤニヤしながら私の顔を覗き込んだ。
「もしかして、先輩も神代社長のファンだったりして?」
「違う!!!」
思ったより大きな声が出た。しかも、慧への純度100%の怒りを込めてしまったせいで、営業部内の視線が一斉にこちらへ突き刺さる。
(まずい……)
コホン、と強めに咳払いをした。
「……仕事しましょう、仕事! 月曜の朝から、みんなネットニュースで盛り上がりすぎよ!」
「は、はぁい……」
森下はしぶしぶ自分の席へ戻っていく。けれど、営業部のざわめきは一向に収まらない。
その時、課長から声をかけられた。
「橘さん。午後のRESTIAとの定例打ち合わせだけど、先方から神代社長も出席すると連絡がきた。資料を確認しておいてくれる?」
「……はい」
返事をしながら、デスクの下で拳を握り締める。
(さて――)
(一般女性A子を爆誕させたあのワンちゃんを、どうしてくれようか?)
コメント
1件
黒瀬さんの「本日中に詰められますね」の一言がもうすべてを物語ってますね😂 で、実際に午後から社長も出席する打ち合わせが来るって…完璧な流れです。 「一般女性A子」の正体が本人の目の前にいる状況で、しかも「別れを惜しんでない! 過保護を断ってただけ!」って怒ってるのが最高でした。同僚に「お似合い」って言われて素直に喜べないもどかしさも伝わってきます。あの「ワンちゃん」をどうするのか、続きが気になりすぎます!