テラーノベル
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午後。RESTIAとの定例打ち合わせは、何事もなかったかのように始まった。
会議室の長机を挟み、こちら側には私と課長。向かい側にはRESTIAの担当者たち。そして上座には、当然のように慧が座っている。
「前回の打ち合わせ後、、橘さんからご提出いただいた休息ウェアの仕様変更案ですが、試作へ進めることになりました」
「ありがとうございます」
「ホテル向けの導入案についても、法人営業部で検討に入っています」
癪だけど、仕事に私情を挟むような男ではない。
鋭い質問。無駄のない確認。こちらの疑問にも、即座に的確な回答が返ってくる。慧が仕切るおかげで、会議は驚くほどスムーズに進んでいた。
(朝から会社中で『一般女性A子』の話題が大爆発してるっていうのに!)
(絶対に全部知ってるくせに、何よ、その涼しい顔!)
「では、本日の確認事項は以上です」
慧が資料を閉じ、まっすぐこちらを見た。
「橘さん、何か追加でありますか?」
「はい。神代社長、ひとつだけ」
口角を極限まで引き上げる。
「少々お時間をいただけますか? 確認したいことがございまして」
課長が「じゃあ、橘さん、あとは頼んだよ」と資料を抱えて立ち上がった。RESTIAの社員たちも、それに続いて会議室を出ていく。
ぱたん、と扉が閉まった。廊下を遠ざかっていく足音。完全に、二人きり。
私はずかずかと慧へ歩み寄り、スマホを目の前へ突きつけた。
「――で、これ、どういうことよ?」
画面いっぱいに表示されているのは、朝から社内を大騒ぎさせている例のネット記事だ。
『RESTIA・神代慧社長、一般女性A子と高級ジュエリー店へ! 結婚秒読みか!?』
慧は一度だけ画面へ視線を落とした。
「顔と勤務先は伏せさせた」
「そこじゃない!」
「身元は特定されない」
「だから、配慮のポイントがズレすぎなのよ!」
思わず長机を思いっきり叩きそうになるのを、理性でこらえる。
「私、社内で自分の噂を散々聞かされたんだけど!?」
「掲載を止めれば、かえって嗅ぎ回られる」
「それなら、せめて私に知らせるくらいできたでしょ!」
「今朝、広報から連絡があった」
「その今朝から、あんたは私に何も言ってないじゃない!」
まくしたてても、慧は逃げようとしない。あろうことか、ほんのわずかに口元が緩んだ。
「……何よ」
「怒っているのか」
「見れば分かるでしょ!」
「昔と同じ顔だな」
「はあああ!? 今この状況で、思い出に浸らないでくれる!?」
一歩、また一歩と詰め寄る。慧は私に合わせるように、ゆっくりと後ろへ下がっていった。気づけば、その背中は会議室の壁際まで追い込まれている。
(何なのよ、その顔)
(怒られてるのに、なんでちょっと嬉しそうなのよ!)
「記事が出ると知ってて止めなかったうえに、私には黙ってた」
「だから、身元は――」
「それで済むと思わないで!」
慧のネクタイを人差し指に絡め、容赦なく自分の方へ引き寄せた。
「――っ」
長身が、ぐっと前へ傾く。鼻先が触れそうなほどの、超至近距離。彼の呼吸が、一拍だけ止まった。喉仏が、小さく上下する。
「今夜、ちょっと付き合ってもらうから」
「……命令か」
「お・し・お・き・よ」
至近距離で、にっこり微笑んでみせる。慧はネクタイを掴まれたまま、しばらく言葉を失っていた。それから、私の手を振りほどくどころか、その上へ自分の手を重ねた。
「……悪くない」
「何がよ!?」
「別に」
(駄目だ、こいつ……)
(おしおき宣言されて、喜んでる……!)
完全に、しつけを間違えた気がする。でも、反省の色が薄いなら、今夜きっちり分からせるしかない。
「仕事が終わったら、待ち合わせ場所を送るから」
ネクタイから、ぱっと手を離す。離れ際、ゆるんだ結び目を指先で軽く弾いた。
「その余裕、あとで後悔させてあげる。覚悟しなさい?」
慧はネクタイを直そうともせず、平然と答えた。
「楽しみにしている」
「楽しみにするところじゃない!」
コメント
1件
いやもう、会議室の壁際に追い込んでネクタイ引き寄せて「おしおきよ」って、橘さん強すぎんか!?慧さん、怒られてるのに嬉しそうな顔してるの、完全に分かってるやつだし、最後の「楽しみにしている」で確信に変わったわ。これはもう、しつけを間違えたとかじゃなくて、お互い分かっててやってる大人の駆け引きがエモすぎる。今夜の展開、ガチで待ってるんで続きください🔥