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案の定、ダメだった。
初日から散々だった。
場所が違うだけで、こんなにも違うものなのか。事務所の雰囲気、個室の作り、スタッフの対応——すべてが異質に感じた。
綺麗すぎる。
スタッフはほぼ女性で、男性は若い人ばかり。
良すぎる環境が逆に足を引っ張ることもあるのか。
神奈川の事務長が、いつものようにセクハラまがいの言葉をスタッフに投げかけても、完璧にスルーされる。スキンシップと称して触れようとすれば、すかさず若い男性社員が間に入る。
照明は明るく、女の子たちのトーンの高い声と笑い声が絶えない。
事務長は、普段のような振る舞いができず、借りてきた猫のようだった。
***
約束通り、美味しい店へ連れて行ってもらうことになった。二人きりというのは嫌だったが、仕方ない。
相変わらずの雨。バケツをひっくり返したような激しい雨。
頭が痛い。気持ち悪い。
本当は断りたかった。明日からは夜も働く。夜が一番の稼ぎ時。なのに、こんな時に限って生理。出張の半分を無駄にしたような気分だった。
本当は、スタッフ用の部屋のベッドで丸くなっていたかった。
でも、他のスタッフにお店の名前を伝えると「おすすめですよ」と言われた高級料亭。滅多に食べられないような場所。
娘を人の家に預けて、こんな贅沢をするのは気が引ける。でも、事務所の近くにあるらしく、持ち帰りもできるらしい。事務長をうまくおだてて、最終日には娘やママ友たちへのお土産を買って帰ろう。
傘をさす。
けれど、傘をさしても意味がないほどの豪雨。憂鬱だ。
——こんな萎れたおじさんより、愛知支店の若い男の子の方がいいよね。
そうよね。みんな若い人がいい。客も、そう。
私はもう若くない。
昔は年上の男性とばかり付き合っていた。でも、それは自分が若かったから。「年上」といっても、そこまで年の差を感じなかった。
けれど、自分の歳が上がるにつれて、自分より年上の男性を「おじさん」と思うようになった。
——ダメだ。ネガティブになってる。また。
「百田さん」
「は、はい……」
事務長の存在なんて忘れるくらい、また勝手に思考が沈んでいた。
「天気が悪いと、パフォーマンス落ちるよね、百田さんは。お薬、飲んでる?」
「……はい」
「病院には通えてる?」
「ええ、なんとか」
嘘。
本当は、三週間に一度の通院が、一ヶ月に一回、二ヶ月に一回と遠のいている。
処方される薬も、毎日飲み忘れ、三週間分を二ヶ月経っても余らせる。
病院へ行くのが億劫だった。
心療内科。
シングルマザーだから医療費は無料。それなのに、足が向かない。
愛知に移ったら、新しい病院を探すことになる。でも、いい先生なんて見つかるのだろうか。今の先生とすら、気が合わないのに。
——私がここまで壊れてしまったのは、夫のせいだ。
逃げて、離婚して、それでもなお、夫の言葉がメンタルを揺さぶる。
特に、雨の日。
雨。
雨は、私をさらにおかしくする。
「ぼーっとしてると危ないよ。もうすぐお店だから」
ぼんやりと、提灯が灯っているのが見えた。