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「だけど……」
「驚いた?」
「あっ、うん。だけどその、よくあるって、そういうとき、お母さんはどうしてるの?」
まさか黙って見ているわけではないだろう。
だが、玲は言った。
「何もしない」
「え?」
「見て見ないふりしてるよ」
そんな馬鹿な。反対を押し切って産んだ息子が殴られていたら、何をおいても助けようとするのが母親ではないのか。
「そういう人なんだ。10代で愛人になって以来、ずっとあいつに依存しっぱなしで、自分の意見なんかないんだ。
産むだけ産んで、後は人に任せっきりで、今だって、昨日からあいつと出かけたまま帰って来ないし」
そんな……。
玲が、ふと自嘲気味に言った。
「そういう僕も、あいつのことも母親のことも忌み嫌っているくせに、結局は依存してるけど」
「そんなこと、当たり前だろ!」
思わず大きな声を出すと、玲がびくりと肩を震わせた。
「あっ、ごめん」
玲が首を横に振る。
仁太は続ける。
「だからその、子供が親に依存するのは当たり前だろ。まして未成年なんだし」
「そうかもしれないけど……」
玲が、気を取り直したように言った。
「江崎くんのうちはどうなの?」
「僕のうち?」
「うん」
「僕のうちは……」
仁太は三人きょうだいの末っ子だ。
父は会社を経営していて、母は仁太が小さい頃に病気で亡くなっているが、年の離れた姉が母親代わりだったし、姉の下に兄もいるので、寂しい思いをしたことはない。
姉は一度嫁いだのだが、性格の不一致とやらで出戻って来て、今も家族の中心になって、家の中のことを取り仕切っている。
姉は絶大な権力を誇っていて、父でさえ彼女には逆らえない。
兄もすでに成人していて、今は父の会社で修業中の身だ。
「姉ちゃんは口うるさくてさ。早く再婚しないかと思うけど、本人は『結婚なんて一度でたくさん』とか言っちゃって。
多分、うちではいばってられるから居心地がいいんじゃないかな」
玲が微笑んだ。
「でも、なんだか楽しそうだね。あっ、ケーキ食べてよ」
「うん」
それから、さらに数日が経ち、頬の痣が目立たなくなった頃、彼はまた学校に来るようになった。
玲は仁太に心を開いてくれたようで、その日からは、学校で一緒に過ごすようになった。
「江崎くーん!」
朝の教室で、玲は満面の笑みで手を振りながら仁太に近づいて来た。
その無邪気な態度に、仁太は悶絶しそうになる。
か、かわいい……。
以前の無気力で気だるそうな姿が嘘のようだ。
多分、これが本来の彼の姿なのだろう。
昼休み、校内のカフェテリアで窓辺のテーブルに向かい合って座る。
仁太はカツカレーを、玲はAランチを選んだ。
今日のAランチのメインはカニクリームコロッケだ。
食べるものまでかわいいなぁ。
そんなことを思っていると、玲が遠くのテーブルをちらりと見ながら言った。
「江崎くんとランチできるのはうれしいけど、いつもの友達と過ごさなくていいの?」
言うことがまたかわいい。
玲の視線の先には、わいわい騒ぎながら食事をしている村山たちがいる。
仁太は言った。
「あいつらは、別に友達じゃないよ」
「え?」
玲が意外そうな顔をする。
仁太は、スプーンでカツをすくい上げる。
「あいつらは友達なんかじゃない。僕は体のいいパシリにされてただけだから」
そもそも彼らのせいで、仁太はクラス委員をやらされる羽目になったのだ。
面倒なだけで、誰もなりたがらないクラス委員。
四月のある日、そんな役目を決めるための、授業終わりのホームルームは長引いていた。
早く帰りたいがためだけに、村山が仁太を推薦し、ほかに候補がいなかったため、満場一致で決まったのだった。
そのときは、ずいぶんひどいと思ったものの、そのおかげで、こうして玲と過ごせるようになったのだから、今は、むしろ感謝しているが。
「へぇ、そうなんだ。僕はまた、人柄で選ばれたのかと」
「まさか。だから、えぇと、日向くんがあいつらと離れるきっかけを作ってくれてよかったっていうか」
少し照れながらそう言うと、玲は、ほっとしたように、にっこり笑った。
「それならよかった」
あぁ、やっぱりかわいい。
自分は今、ここ数年で一番幸せかもしれないと思いながら、仁太はカツを頬張る。
玲がかわいい笑顔のまま言った。
「僕も、江崎くんがうちに来てくれて、すごくうれしかった。いつも僕のことを気にかけてくれてたけど、それはクラス委員の役目だからそうしてるんだと思ってたんだ。
でも、そうじゃないって聞いて……」
うわ、恥ずかしい。顔が熱くなる。
「なんか、気持ち悪かったらごめん」
すると、玲がブンブンと首を横に振った。
「気持ち悪くなんかないよ。あのときは、とっさに素っ気ない態度を取っちゃったけど、ホントはうれしかったんだ。
今まで誰かに心配してもらったことなんてなかったから」
「でも、家政婦さんは? 優しそうな人に見えたけど」
玲が、苦笑を浮かべた。
「しょせん、あいつに金で雇われてる人だからね」
「え?」