テラーノベル
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清心と匡の関係はあの夜から何も進展していない。素性の知れない人間に心を許すつもりもなかった。
しかし清心は、ベッドで眠る匡の傍に寄り添い続けた。何もせず、ただ宙を眺める時間が続いて────気付いた時には眠りに落ちていた。
真っ暗闇だ。
光などない、自分の身体すら確認できない世界にいる。眼はまったく役に立たないが、耳は誰かの声を拾ってくれた。
『清心』
名前を呼ぶ声が何度も聞こえる。
『怖いよ……』
聞いてるだけで胸が締め付けられる、掠れた声。泡のように膨らんでは消えた。これは、あの世界に留まってる“彼”のもの。
それは次第に小さくなる。最後に聞き取れたのは、たった一言。
『俺のこと、嫌いだった?』
閃光。
火花が弾けたような眩さに衝撃を受ける。
それは音よりダイレクトに鼓膜を揺さぶったので、清心は飛び起きた。
「はっ! ……はぁ、……は……っ」
心臓が恐ろしい速度で脈打ってるのが分かる。
一番触れられたくない部分を無遠慮に鷲掴みにされたような感覚だった。
「清心さん?」
か細い声の方を向くと、隣で匡が心配そうに見ていた。相も変わらず目はとろんとしてるが、声音はいくらか切羽詰まったよう。
清心の膝には布団がかかっている。いつの間にか眠ってしまい、彼にベッドまで運ばれたようだ。
「すごいうなされてたから、起こそうか迷ったんだけど……大丈夫ですか? 何かいやな夢でも」
「あぁ、ちょっと……それよりお前は平気? 昨日は死んだみたいになってたけど」
汗を袖で拭いながら問いかけると、匡は薄く笑って頷いた。
「おかげさまで。……ベッドまで借りてすいません。あの、良かったら朝ごはん作ります」
彼はふらっと立ち上がって、部屋を出て行った。まだ全快ではないだろうし、心配だからその後をついていく。
貧血気味の可能性もある。匡は本当に細くて、ちゃんと食事をとってるのか不安になるほどの体躯だ。
けど食事はてきぱきと、とても器用に作ってみせた。朝日が昇った今は嬉しい、ごはんと味噌汁、そして焼き魚やたまご焼きなどのメニューだった。