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「おぉ、美味い。お前料理できるんだ」
「飲食も転々としてたんで。どこも長続きしませんでしたけど」
彼はボーッとしながら席につく。そして清心が食べる様子を黙って見ていた。細い指、白い首筋が目につく。何となく居づらいので、彼にも食べるよう促す。
「ほら」
卵焼きを取り、無理やり彼の口に押し込んだ。
「美味しいよ、お前のつくるメシ
「……ありがとうございます」
匡はようやく飲み込んだあと、恥ずかしそうに俯いた。やっぱり、昨日よりは元気そうに見える。このまま良くなってほしいところだけど。
「昨日はどうして俺に会いたかったの」
胸の中で燻る疑問。清心は箸を置いて、正面から匡の瞳を見つめた。本心が聞きたい。何も驚くような回答は求めてないから。
ところが。
「貴方が、呼んでる気がして」
飲んでたお茶を吹き出しそうになる。
彼の口から飛び出したのは、驚くような答えだった。
自分が匡を呼んでいた。だから、彼はあそこで待っていたと言うのか。本気でも冗談でも、あまり気分の良い台詞じゃない。
むしろ昨日は自分が彼に呼ばれて、慌ててあの店へ出向いたのだ。本来、優先すべきだった白露を後回しにして。
「……ごちそうさま」
からかってるんだとしたらもっと腹が立つ。
席を立って食器を台所に戻すと、後ろからまた彼の声が聞こえた。
「貴方といると、少しだけど昔のことを思い出すんです。だからだと思う。勝手に期待してる。本当にすいません……」
蚊の泣くような、か細い声。
もっとシャキシャキ喋れと思ったが、さっきよりは怒りが薄れていた。
台所に立ったまま、清心は後ろを振り返る。
「記憶の話か。そういえば俺もさ……最近、色んなこと忘れるんだよね。忘れるわけないようなことも、どんどんすっぽ抜けてく。怖いことだよな」
そんなことを言うものの、自分と彼は決定的に違う。
匡の記憶喪失は病気からくるもので、自分の場合は白露の世界とアクセスしているせいだ。原因も分かってるし、対策も分かってる。……自分と彼じゃ、恐怖の度合いが全く違う。
ただ、忘れたくないことを忘れていく。
そのどうしようもない切なさともどかしさ、恐怖だけは共感できた。
自分の記憶に自信が持てないと、自分を信じられなくなる。当然、他人のことも信じられなくなる。それはもう“死”と一緒だ。