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登場人物紹介 季原《きはら》 銀俄《ぎんが》
中学三年生。この作品の主人公のような人。訳あって今は幸節家にいる。
幸節《こうせつ》 羽菜《うな》
中学三年生。この作品のヒロインのような人。訳あって銀俄と一緒に家にいる。
文代《ふみしろ》 匠泰《しょうた》
中学一年生。ある実験場の人。その実験場で事件が起きて大騒ぎになっていて……?
文代《ふみしろ》 虹々路《こころ》
中学一年生。匠泰の双子の姉。実験場の事件について何か知っている……?
これは、そんな彼らがある事件をきっかけに出会い、ほんの少しだけ強くなれるまでの、物語である。
一
僕の名前は季原 銀俄。故あって恐ろしいニュースを見てしまった。急いで(昇ってくる太陽よりは全然、遅く)あいつの元に階段を駆け降りている。
「羽菜、羽菜、羽菜、羽菜、羽菜ーっ!」
「うわーっ!」
こいつの名前は幸節 羽菜。キムチのタレとキムチで真っ赤に染まった炊き立てのご飯を食べている。卵焼きと味噌汁もある。ウインナーも美味いのだ。
「一旦、落ち着こ? 朝ごはん、銀俄のもあるけど食べる?」
「食べる」
一旦、朝ごはんを食べながら茶の間でドラマ鑑賞に付き合っている。本題に入ろう。
「で、何であんなに取り乱してたの?」
呼吸を整えて素数を数える。落ち着け、僕。
「ああ。恐ろしいニュースが流れてたんだよ。嘘みたいな話だけどね、◯国のある実験場から化け物が脱走したそうなんだ」
「ぬぁんだってーっ!」
初めてニュースを見た時の僕と全く同じ反応をしている。やはり……。
「えっと……ある実験場って?」
ある実験場。少し前に話題になったところがある。件の化け物を隠して研究しているという噂で少し前に話題になっていたのだ。まさか今になって……。
「実在するの? そんな化け物の話なんて都市伝説の類いだよ? 実在したとして本当に立ち向かうの?」
実在はするのだろう。聞くにその化け物は姿をかなり自由に変えられるのだという。本当に何も分かっていない。
「ヒエェ……」
信じたくはなかったが、声が揃った。悪い冗談に聞こえる。だが信じるしかあるまい。
「行こう! ◯国!」
「実は僕もその気になってた」
バカ言え。無茶ぶりもいいところだ。羽菜がすごいことを言い出した。こいつが強いことは知っている。いてくれるなら心強い。早速、物の準備をしよう。化け物と戦うにあたって何が必要だろう。
「護身用に指輪刀、持ってこ」
「持っていけるものはなるべく持っていきたいよね」
中々、物騒なものを見つけた。他にも何かカバンに詰め込もうとしている。クレーンゲームで取ったぬいぐるみだ。
「一緒に行くの」
「小さい子はいいから大きい子は留守番させて」
小さい子なら要る。何が起きるか分からない。気を引き締めていこう。では行こう。実は◯国に行くのは初めてではない。アニメ鑑賞に付き合ってもらいながら着いた。一旦、情報収集がしたい。空港のお姉さんに話を聞いてみよう。
「この辺で化け物が逃げ出したって話を聞いたんですけど、知ってることがあったら教えてもらえますか?」
「ああ。あの本当に化け物かもしれないし、ただの皮膚の病気になった動物かもしれないのですね……」
言い忘れていたが、そうだ。ただの病気の動物かもしれないという情報もある。それなら僕たちの仕事ではないので、こうして来たのもそれを確かめるためだったりする。
「それはあちらの村ですね」
「あそこ……ですか……? あそこは今、どうなってるんですか?」
「ここと同じように……その……化け物が逃げ出したというニュースがあってから急に動物の声が聞こえなくなったそうです」
すごすぎる! すごい! それもうクロだな。
「彼(?)に会いに行ってみるといいでしょう。でも大丈夫ですか? これはものすごく危険なことですよ」
お姉さんに詳しいことは言えないが、大丈夫だ。マップアプリでルートを調べながら進んでいく。歩き始めてしばらく。人気という人気がほとんどない。奥山へ入ってしまったような静けさがあたりを包んでいた。なんだか陰鬱としている。あまり遠いところではなくてよかった。ここだ。化け物が逃げ出してしまった実験場がある村は。あの後、詳しく話を聞いたところ、化け物が逃げ出したというニュースが流れる数日前からハクビシンの赤ちゃんの声も聞こえなくなったという。捕まえていたアライグマも姿を消したのだ。いずれ専門業者に相談をするつもりだったらしいが、急にいなくなったとなると流石に不安だ。しかもアライグマは見た目は可愛らしいけれど、立派な肉食獣じゃあなかったか? やはり化け物? に食べられてしまったのだろうか。だとしたらかなりの強敵だ。僕たちは苦労するだろう。
二
松林の中を歩き続ける。ゾクゾクと鬼気が迫ってくる。全身が凍りついてしまうような寒気。不安がヒシヒシと全身を包む。なんとも物悲しい村だ。かなり歩いたつもりだったが、ほとんど人の気配がない。抜け殻半歩手前のような村だ。陰鬱とした空。降りしきる雨。
「春休みには桜咲いてるかなぁ」
「だといいね」
こういう会話をしていないとやっていられない。しばらく歩いていると男の子が腹を抱えて苦しそうなうめき声をあげていた。餓死寸前か……? と思いきや、少しだけ喉の調子が良くないようだ。えっと……何か持っていたかな……と思っていたら。
「これ食べなよ。のど飴。薬じゃないから治りはしないよ。気をつけてね」
「え? 何これ?」
「え? のど飴知らないの?」
「そういう事じゃないよ! 何でくれるのって訊いてるの!」
「え? 喉、痛くないの?」
羽菜がのど飴を差し入れてあげていた。会話はあまり噛み合っていると思えないが。男の子……見た目から察するに、僕たちと同じか一、二歳下くらいだろうか。彼は自分を匠泰と名乗った。僕らと同じ……日本人だ。まさか海外についてこんなに早く日本人に出会えるとは。
「こんなところに外国人が来るって珍しいね。どうして?」
「この銀俄がこの村で化け物が脱走したっていうニュースを見て……かくかくがしかじかして、今こうしてここにいる」
「説明、雑……」
「俺も二人と同じで化け物がどこに行ったのか追ってる。家、来なよ」
「お前も知らない奴、勝手に家に入れるな!
犯罪者だったらどうする!」
他の村人の声だろうか。いたのか。確かに僕も羽菜も外国人だからね。仕方ないね。一旦、家に入ることになった。なかなかに大きい家だ。それこそ童話に出てきそうな……
「ああ、そうだ。聞き忘れてた……名前は?」
「幸節羽菜……です……」
僕も名前を言って改めて自己紹介が終わった。匠泰……何故か聞き覚えのある名前だった。この人、昔に会ったことなかったか?
「二人とも空港にいたよね? なんとなく見かけたんだけど、二人とも◯国語、上手いよね。◯国、住んでたことあるの?」
「ああ、僕たち……」
答えようとすると羽菜が脛を蹴り飛ばす。痛そうに顔をしかめている隙に発言を奪われている。
「習ってたので! それで化け物ってなんなんですか、大丈夫なんですか?」
「大丈夫……になるんじゃないかな……」
『大丈夫』と『そのうち大丈夫になる』は大分と意味が違う。詳しく話を聞きたい。買ったドリンクをテーブルに置いてくれた。ありがたい。
「俺たちが逃がしちゃって」
事情を話し始めてくれた。ここは大きな家なので、研究者たちに地下室を貸していた。しかしある日、突然、研究していた何かが暴走を始めて逃げ出してしまったのだという。そして村の皆は化け物を避けるため、家に籠る生活を続けていた。先ほどまで飲んでいてものがいきなり鉛になったように気持ちが重くなる。村人たちの怒りもやむなしである。化け物がどうこうと言っても国や他の地域の国民の一部にはなかなか信じてもらえないらしい。そういうところは妙にリアルだ。そんな馬鹿なと笑い飛ばせない。
「もし本当に手伝ってくれるなら覚悟を見せてくれ」
そのためにここまで来たのだ。きっと抜ける道はある。
「それだけ大掛かりな戦いになるってこと?」
「これは俺のせいだから! これでチャラになるなんて思ってない。でもこれ以上、被害を出したくない!」
「それで探してたんですね」
羽菜が納得の声を出す。ある日、突然現れたその化け物探しを押し付けられたらしい。どうやって逃げ出したのかも分かっていない一刻も早く見つけ出さなくては。
「僕たちも手伝うよ。人数が多い方がいいからね」
こうして今更だが、皆で化け物を探すことになった。とはいえ相手はただの人間ではない。アイツのせいで大勢、人が死ぬかもしれないということだろうか。謎の存在に次々とやられていくのかもしれない。見つけるまではおちおち死んでいられない。化け物に罪はないけれど、犠牲者にはもっと罪がないから。探索というより最早、綱渡りであった。ひとまず化け物が逃げ出したという地下室を調べてみることに。随分、深くまで下りてきた。化け物はこんなに深いところに厳重に戸締りされているところから脱走したのか。電気をつけてすぐ目の前に広がってきた景色。争いの痕跡が残っている。残る赤い血。不気味すぎないか? この血は誰のだ。そういえば何故、村人たちは逃した研究者ではなく、匠泰に化け物探しを押し付けたのだろうか。いやいやまさかな。
「これだけ争いと血の跡が残ってて研究者も見つからないってことは……まあそういうことだよね……」
「信じたくなかったけど……」
淡々と引き出しや本棚を漁る羽菜と匠泰。何故、こうも肝っ玉が据わっているのか。行動力の化身だ。僕も日和っているわけにはいかない。とはいえ探すに当たってそのまま行くのは自殺行為だ。策を考えよう。
三
……ああ。彼らはもうこときれている。しばらく調べているとようやく研究者だったものたちが床に散乱していた。脳がこの状況を理解することを拒んでいる。やはり化け物は本当に……。この人たちはその時に殺されたのだろう。可哀想に。そんな化け物が現在進行形でこの世界のどこかに解き放たれているのか。改めてゾッとしてきた。
「このままじゃ村どころか世界中とんでもないことになるよ!」
「それだけは避けなきゃ!」
まさかここまでの化け物とは。部屋に戻って使えるものを集めることになった。
「これから奴を討伐するにあたって、僕たちの相互理解を深めることも大事だと思うんだ。一人一人、戦ってる理由を教えて」
確か匠泰は化け物を逃してしまったからだとか。実は研究者たちにこの場所を貸すと言ったのは彼の父親だ。しかもこんな事件が起きるまで何も知らされていなかったのだという。僕たちは……ニュースで知ってしまったので見て見ぬふりができず、こうして来た。ここは大事な場所だから。何はともあれ役者は揃った。このチームでアイツをやっつけよう。
「羽菜。膝に乗せてるそれ何?」
「小六の修学旅行でこっそり買ったクナイだけど? 匠泰も使いたいの?」
「そこは木刀じゃないんかい……じゃなくて! そんなことは見れば分かるよ。それで何する気だって言ってるの!」
こっそりと持ってきていたのか。通用すると思ったのかは謎だが、持って来てくれたものはありがたい。使えるものは使っていこう。万が一にでも捕まれば確実に血祭りである。ヘタレかと思ったが、意外と有能? こちらも準備満タン。よし。早速やろう。
「よし。ピストルもあったぞ」
助け舟が入った。相棒としてこれ以上頼もしい奴もいない。困った時はお互い様である。では行こう。全て解決できるといいね。ところで彼が事件を追う理由は聞くことができたが、これ以上、続けると二の舞になりかねない。そんな訳で僕たちは匠泰がそうならないためにも全てをかなぐり捨て、一緒に走らせてもらっている。この村、一体どうなってんだ。この村の設備は基本的にぶっ壊れている。村は既に崩壊状態。もうどこがどこなのかよく分からない。一緒にしばらく進んでいると森へ入った。ここからも歩いていこう。辺りを見渡していると何かの影が見えたが、一瞬の内に消えてしまった。何故、捜査をするのか。そこに事件があるからだ。歩いた先に流れ着いたのは断崖絶壁。この世の果てみたいな場所だ。もうかなり化け物が暴れた後なのだろう。まさしく大惨事……。ってなわけで捜査開始。捜査とは何か。要するに危険な場所に勤しむことだ。何故だか色々と花びらが散っている。この辺りはかつて花畑だったのだろうか。これも化け物の仕業なのだろうか。被害は花だけにとどまらなかったのだ。相手は人ではないので、骨が折れる。遠くから聞こえた物音。奇妙なことに物音が聞こえたところには誰もいない。
「マジかよ」
「マジだよ」
ここには何か潜んでいるらしい。奥に進んでいくとおかしな場所にやってきた。なんだか元いた場所に戻っていっているような気がする。好奇心は猫をも殺すというので、殺されない程度にしておこう。よく見ると何かが罠にはまっている。恐らく人だろう。苦しそうな顔のミイラだ。残念ながら救うことはできなかった。この村の中にも化け物がどうこうと言ってもなかなか信じてくれない人もいる。それで外へ出てしまったのだろう。僕たちが言えたことではないが。持っていた免許証は忘れずに回収。お腹の辺りを見てみるとやはり刺されている。やはり謎の存在に次々とやられているらしい。おそらく罠は化け物が仕組んだものではない。誰かが捕まえようとして仕組んだのだろう。逆に人がはめられることになってしまったが。やったのはアイツだったといったか。最初からずっと只者じゃない予感がする。そういえばこの村ではやけに花を見かけた。何故だろう。村の人たちの趣味だろうか。突然、割れるようにつんざいた悲鳴を僕たちの鼓膜が捉えた。
「何、今の⁉︎」
「あっち行ったと思う」
人の声。何か泣いている……のだろうか。ただ事ではない予感がする。
「なるほど、コイツが……」
振り返るとついに奴が現れた。件の化け物。今からアレをどうにかしなきゃならんことを考えると、気が滅入りそうだ。当然の権利と言わんばかりに血に塗れていた。コイツを正確に形容する言葉が見つからない。確かに病気で毛が全て抜けてしまった狐狸に見えなくもない。そうならいいと少し思っていたが、しっかり見てみるとやはり違う。心なしか少し大きく見える。本当に何の生き物だ。ついに姿を目撃できた。実験場から逃げ出した化け物。小さいが、もう何人か犠牲になっている。一応、クナイもピストルも持ってきたが、コレでは不公平だ。ましてここは断崖絶壁。正々堂々と勝負するためにはもっとリーチのある武器が欲しい。
「二人とも! 少し離れて持ってきた武器を取ってこよう。クナイとピストルはそれからでいい!」
「「合点!」」
追い込まれたから仕方ない。武力行使だ。クナイとピストルでは足りないかもしれないと思って武器は他にも持ってきた。何故、僕がそこまでものを用意できるのか? そもそも扱えるのか? まあ、その辺の理由についてはおいおい分かるだろう。倫理観に蓋をして。
四
「今、助けに行くよ! って言いたいけど持っていける装備が……これだ!」
キリを持っている。思いっきりぶん投げてみる。が、見事に外してしまう。少しはかすったが……。そして聞いていた噂どおりいきなり姿が見えなくなってしまった。また探し直さなければならない。
「でも顔、覚えれたし、ちょっとはかすったからよかったかな?」
「銀俄……ちょっとまずいよ」
「どういうこと?」
「私たちが顔を覚えたってことはアイツも私たちの顔を覚えたかもしれないんだよ」
匠泰が尋ねて羽菜が答える。
「“闇を覗く時闇もまた君を見ている”理論だね」
「江戸川乱歩談……」
それでも放っておけないので探さなければならないわけだが、何が起きるか分からない。気を引き締めていこう。虚しくアイツの餌食になるのは嫌だ。目の前に花畑。花畑に風が吹く。
「でもどうするの?」
「いい方法があるよ」
顔を覚えられたのならやることは簡単。変装しようね。と羽菜の案で近くの服屋で変装。やはり店員はいなかったが、緊急事態なので仕方がない。時間もないんだ。お釣りはいらない。少しは化け物のことを信じてくれている人もいるのだろうか。
「完璧だ」
と言いながら羽菜は髪を整えている。ワンピースにカーディガンを羽織っている。馬子にも衣装ではないが、不覚にも少しは似合っていると思ってしまった。
「無意味だと思うけど……」
匠泰と色々とアイテムを選んでみる。ボーダーのTシャツに、ゆったりしたデニムのオーバーオールを合わせる。帽子とサングラスもプラス。僕たち以外にも事件を追っているものがいるのだろうか。ってなわけで(?)捜索再会。かすった傷を目印に探していこう。とはいえなかなかの強敵。安全な場所はもうない! 今度は海の辺りを探している。靴底を波が舐める。やはり中々、見つからない。
「ねえ銀俄。ちょっとさ……誰かが拾って匿ってるって可能性も考えない?」
「……は?」
「いやいや、私だってそんなこと信じたくないんだよ?」
言わんとすることは分かる。他の場所も探してみることになり、おっさんに殴られたり、牛に小突かれたりしながらひたすら目指す。辿り着いた先は地下に続くある場所だ。匠泰も知っている場所なのでもしかしたらと来てみたよそこを通してもらう。手すりにもたれていく。
「乱暴はダメだよ」
「はぁ?」
「冗談。行こっか」
ハシゴを下り切って中にたどり着いた。そういえば彼……匠泰はかなり痩せている。あまり健康と表現できる雰囲気ではない。ガリガリで、どこか病人めいている。
「下に何かあったら調べとく?」
一杯いっとく? のノリじゃないか。おかしい、おかしい。まあ来てしまったからには引き下がれない。実はここで匠泰は僕たちと出会う前に化け物と鉢合わせたことがあったのだという。本当に何も持っていなかったので殴るしかできなかったらしいが。殴ることはできたのか。まさかの実力者である。どうりで助けに行った時も無傷だった訳だ。そして突然の物音。外だ。確かここは化け物も知っている。犯人は現場に戻るアレだろうか。少し行ってみるべきか。
「羽菜たちは色々と調べて!」
「分かりました」
彼らの分までしかと頑張ろう。ナイフをどうぞ……と思うがやはり姿が見えない。本当に神出鬼没が服を着て歩いているようだ。しかし羽菜が指を鳴らす。一旦、外に出た方がいい。
「誰か化け物、見た人いませんか!」
何を言い出すんだコイツは。と思う。駆け出していった羽菜を追いかけるとある女の子とぶつかってしまった。お互い頭を打たなくてよかった。
「あ、ごめんなさい!」
「待って、協力してもらいたいんです」
陽の光を浴びる雪が彼女を飾っていた。綺麗な子だ。年は匠泰と同じくらいだろうか。
「私たち、最近、実験場から逃げ出した化け物を倒すために探してるんです!」
「命が惜しくないんですか!」
「惜しいよ。だから化け物には渡さない!」
放っておけば人類に大打撃を与えるかもしれない。彼女が言うに奴に近づくと甚しい幻聴を伴い、歩行が不可能となり、極めて、不快であり、苦痛なものであるから、こういうことにならないように注意すべきだという。
「待って……何で知ってるんだよ」
そういえばいきなりとんでもないことを言い出すので脳の処理が追いつかなかった。少し落ち着いてから匠泰が話しかける。
「ねえ。何を聞いてるの? ちゃんと説明してよ。姉ちゃん」
「「姉ちゃん⁉︎」」
羽菜と声が重なってしまった。匠泰のお姉さん? この人が? 彼女の名前は虹々路《こころ》。ちゃんと説明が聞きたい。どこか座れるところを探そう。安全なところはもうないのでとりあえずさっきまで捜査をしていた地下へ続いているところへ再び戻ることにした。化け物が入ってくるかもしれないが、まあ外よりは安全だろう。とりあえず椅子に皆で座る。話が聞きたい。喋って落ち着いたのかふぅっと息を吐く。皆、苦しい経験を乗り越えてきたのだろうか。
五
一旦、話を聞こう。物憂げな感じはするが、彼女は少しずつ語ってくれた。どうやら化け物について知っているらしい。ある日、家の庭で見かけて家族にも内緒で面倒を見ていたのだ。まさか化け物でましてや自分で勝手に時々、逃げ出して暴れているとは思わなかったらしいが。いやいや、そういうところは流石に疑問を持ってくれよと。思わないでもないが、黙っている。これ以上、化け物に暴れてほしくはない。だったらやることは簡単。一緒に探そうね。というわけで仲間ができた。
「どこかアイツがいそうなところはない?」
「ここ……そうかもしれない……銀俄。ちょっとそこどいてくれる?」
「?」
行ってみよう……と思ったら突然、床に穴が空くほどの蹴りを入れる虹々路。というかもう床に穴が空いている。地下に続く階段だ。まだ下があったのか。ここ。ここの更に地下だ。一緒に下りていこう。
「何でここ知ってるの?」
「連れていったことあるから……」
ここなら見つかりにくいし、暴れても被害が少ないと思ったのだろう。いや。それでも虹々路の前ではいい子な方だったらしい。とても人を襲うような奴ではないと。こうして協力してくれているのも自分の知っている奴がまだいることを確かめたいからでもあったりする。僕らは討伐が目的でここまで来たわけだが、確かにそれは知らなかった。これはもう少し創作が必要だ。
「ねえ。羽菜」
「銀俄?」
「もしさあ。化け物が本当は悪い奴じゃなかったらどうする?」
「うーん。それじゃあ討伐はなしでいいんじゃない? どっちにしろ真実を確かめなければならないことに分かりはないからね」
先の見えない地下の底から正体不明の唸り声。よし。見なかったにしよう。分かってはいたが、とんでもない場所に来てしまったようだ。すでに百鬼夜行状態。
「そこまでだ」
何とか虹々路を庇いながら化け物に武器を向ける。彼女を少しだけ見てみると顔の表を狼狽の色が走っている。無理はない。こんなものを目の当たりにしたのだから、当然すぎる反応だ。心の高ぶりと焦りを抑えきれない乱れた声をしている。どっちにしろ戦うしかない。ましてやここは地下室。逃げ出すのは容易ではない。ピストルでガンガンと音を立てる。大体は打つ前にこういうことをするのだ。奴は完全に気を取られている。後ろにいる羽菜と目を合わせて……。
「よし。いいぞ、羽菜。やれ」
近くにあった籠を檻にして被せる。わざと物音を立てて相手がそちらを見ている間に反対から襲う……単純だが結構、使えるのだ。これが。それでもまだ油断はできない。なんせあんな厳重な実験場を逃げ出した化け物だ。これくらいで収まるとは思えない。
「逃げてください! 危ないので! 後で追いかけますから!」
一旦、匠泰と虹々路には外に行っておいてもらうことにした。いつ逃げ出すか分からない。彼らを巻き込むわけにはいかない。さて。しばらく奴の様子を見てみよう。どうやってあの実験場から逃げ出したのか。ある程度、体のサイズをコントロールできるという話は聞いているが、それだけで逃げ出せるか? 下の方をしっかりと押さえる。上取り押さえている羽菜の手はあまり震えていない……はずだったが。ガタガタと少しずつ震え出している。まさかこの化け物……中で暴れている……? すると突然、羽菜の手の上に化け物が姿を見せた。やはりコイツは何かの能力を持っている。何の力だろう。もしかしてすり抜けの能力でも持っているのだろうか。羽菜が手を振り払って頬に大振りの左フックを飛ばす。羽菜、武器は持ってきてある……。後ろを振り返ると二人が扉を押さえていてくれた。
「逃げてないじゃん! 逃げろよ! 何のために私!」
「羽菜!」
「何するんですか!」
「こっちが何するんですかだよ!」
思わずつっこんでしまう。化け物が向かおうとしたので羽菜が檻にしていた籠を奴の頭目掛けてぶん投げるととうとう奴は地べたに倒れ込んだ。助けてあげよう。と、思ったら彼女が自分からいった。この子、意外と侮れない。錯乱している。僕たちをゾンビか何かと勘違いしている。矢に射られた動物のような倒れ方。今のうちに閉じ込めなおそう。まさか羽菜がこんなに強いとは。一旦、何かを食べたい。そういえば化け物探しを始めてからほとんど食事をしていない。化け物を交代で見張りながらそれぞれ食べたいものを買っていく。結局、羽菜の一撃やら何やらが効いたのか化け物が逃げ出すことはなかった。
「今更だけど、二人ってどういう関係なの?」
そういえばちゃんと言っていなかった。
「羽菜は僕の妹なんです」
とだけ言って溶け始めたアイスにかじりつく。
「えー!」
そう。僕と羽菜は双子の兄妹だ。何故、今まで言っていなかったのか。
「……どうして私たちを助けてくれるの?」
「ほっとけないでしょ」
彼女は強かった。消えてもなかったことにはならないものだ。気乗りする約束ではなかっただろう。だが本当に果たせぬ約束になるとは思わなかったはずだ。突然、必死に呼びかけるも、謎の粘液に包まれて消えてしまった。と思っていたら路地裏で怪しい連中を発見。
六
青い空。夕日が当たってピンク色になった雲。探しはじめてもうそんなに経つのか。いや、そうではない。虹々路はどこだ?
「姉ちゃん! どこ?」
彼女はどこへ行ってしまったのだろう。
「羽菜……? あの化け物どこ?」
「あれ? いない……」
恐る恐る籠の中を見てみる。やはり化け物がいない。確か化け物にはすり抜けの能力があったはず。それでもこんなに見えなくなるまで動けるものなのか? というか虹々路もいなくなってるんだが? いや、待てよ……? あの化け物の力がすり抜けじゃないとすれば……!
「二人とも! あの化け物と虹々路を探そう! 多分、一緒にいるんじゃないかな?」
一緒に探そう。
「匠泰。虹々路がよくいる場所とか知ってる?」
色々と話を聞きながらその場所を目指すの路地裏で発見した怪しい連中。
「その子は?」
「ああ。近所の友達」
怪しい連中と言ってしまったが、ただの近所の子供だ……ではなくて。虹々路? 化け物を普通に膝に乗せている。虹々路には懐いているのだな。と思いながら駆け寄る。
「「虹々路!」」
「姉ちゃん!」
「あ、みんな!」
気づいてこっちを振り返ってくれる。どうやら探してくれていたらしい。いきなり家にいるのでビックリしてしまったという。やはりコイツの本当の能力はすり抜けではなく、瞬間移動……。どうりであんな厳重な実験場を逃げ出したわけだ。そしてこの子供たちにここに飛ばされてきたところは見られてしまっているらしい。
「ねぇ。二人って付き合ってるの?」
「そんなんじゃない!」
何を言い出すんだ、コイツは。と思う。それに化け物にも興味津々じゃないか。
「ねえねえ。他には何ができるの?」
結構に強く触っている……というよりそれはもう叩いている……。それ、村を襲ってるかもしれない化け物……。
「何で強く触るの!」
「やめて」
「ねえねえ」
「こら」
「ねえ」
「やめろっつんってんだろうがぁっ!」
「うわぁヒスだぁ」
「クソガキィッ!」
虹々路から怒鳴り慣れていないのが聞いて取れるような声が出る。
「これ以上、ナメたことするなら……!」
「すんませんでした……」
ついに羽菜がキリとピストルを持ち出したのでその場はおさまった(?)。
「やっぱり羽菜たち韓国語うまいね」
「ああ。お母さん、韓国人なんです」
「あ、そうなんだ」
僕らは半日半韓ということなのだ。何年か前に両親を亡くして別々の家に引き取られたのでお互い苗字は違う。羽菜はあまり知られたくなさそうだったが言ってしまった。
「ごめん……少し一人にしてくれるかな?」
と言って行ってしまった虹々路。まだ怒鳴ってしまったことを気にしているのだろうか。しばらくして虹々路を見つけて隣に座る羽菜。
「ねえ。貴方の言ってた……「一人の方が楽でいい」って言葉……何も間違ってないと思うよ」
「私ね。人の気持ちが分からないんだ」
「だから人を傷つけちゃうことも多くて……本当に悪いことをしたなって思うんだけど……だからって人の気持ちが分かるようになるわけじゃなくて……何度も人を傷つけて……そんなことが繰り返されるうちに、私はこの日からっていうのじゃなくてジワジワと……他人に興味を持つのをやめたの。一人でいれば誰も傷つけずに済む、自分のこと守れるって……そんな恐ろしい失敗を経験したからこそ思うんだ。人との繋がりでしか得られないものもあるって」
また虹々路が囚われの身になってしまった。探しに行こう。何だかすごいことになっている。化けの皮が剥がれたのか、化け物の皮が剥がれたのか。まさに危機一髪だった。急いで皆と合流しよう。森。皆で道を切り拓こう。
「頼もう!」
この家だ。明かりがついている。中に入ってみよう。奇妙な部屋にたどり着いた。台所は散らかり放題だ。どんな人が住んでいたのだろうか。ポットから水蒸気が出ている辺り、つい先ほどまで人がいたのかもしれない。取り返しのつかないものを覗いてしまった気がする。とりあえず逃げるしかない。なんとかギリギリ助かった。降りていくとおかしな場所に辿り着いた。道が崩れている。残っているのは残骸だけだ。かつては下に続く道があったに違いないが、今は完璧に崩壊している。誰かが意図的にここを隠そうとしたようだ。飛び降りていくしかないだろう。飛び降りると扉の前に辿り着いた。虹々路が言っていた隠し部屋だ。もしかしたら秘密があるかもしれない。棚の中にある品を見つけた。ごく質素な、小さな髪飾り。人の手を離れて久しいが、かつての手入れを感じさせる良品。それは炭のような黒髪にこそ、静かに映えることだろう。何故これをしまい込んでいたのだろう。誰かへのプレゼントか、あるいは形見か。いずれにしても彼女の大切な人のものだったに違いない。これは彼女の未練そのものなのだろう。返してあげよう。
「銀俄。私はこんなところで死ぬつもりはない。死ぬ気でやろう」
「そうだね」
七
「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……」
「ビビりすぎ!」
また化け物だ。しかし何だか今までと様子が違う。大丈夫か? いや、僕たち的には大丈夫でない方がありがたいのだが……。
「いや……いやいやいやいやいや……僕もこんなこと信じたくないけど……」
「瘴気か?」
羽菜の言うとおり。そうだ。正気じゃあない。あれが取り憑かれた姿だ。オーラで分かる。完全にバージョンアップだ。考えうる限り最悪の事態に陥ったようだ。何とかして奴を止めなければ。まさかの崩壊を始めた。
「そっち行ったぞ!」
「やばい! 逃したかも!」
「集中しろよ!」
よーしピンチだ。しっかり今まで使っていた武器が効かない。このまま外にでも逃げられたら……。急いで追いかけていく。とんだ流刑地になったものだ。どこを向いても暴れる化け物と逃げ惑う人々しか見当たらない。最早、地獄と化している。僕たちもひとまず逃げたい。匠泰と最初に出会った例の実験場まで向かう。地下まで来れば大丈夫なのだと思いたい。化け物の力は恐ろしかったが、何とか助かった。しかし彼女が心配だ。せっかく仲良くなっていたのだろうに、こんなことになってしまった。それは中々ショック。外の様子を確認する。今ならまだ大丈夫だろうか。虹々路を探したい。きっと一人ぼっちで怖くて震えているに違いない。
「二人とも。これを」
「何それ?」
「防弾チョッキ」
匠泰、有能すぎ。これを着ておけば化け物に襲われても倒すとまでは行けなくても逃げ切れる。生きていれば大体、どうにかなる。さあ早速、探しに行こう。匠泰に虹々路が好きな場所を色々と聞く。虹々路はあの化け物と付き合いは長いのだろうか。探しながら色々と匠泰に聞いてみる。どうやら彼女は人間関係が得意な方ではなく、友達といえる人も少なかったそうだ。そんな状態だったからこそあんな化け物にでも懐かれたら嬉しかったのだろう。いい友達だ。しばらく外を探していると虹々路を見つけた。例の化け物が彼女だけは傷つけないために外へ瞬間移動させたのだろうか。本当に彼女にだけは懐いているのだ。
「姉ちゃん! 姉ちゃん」
「……匠泰」
優しく声をかける。どうやら無事らしい。本当に良かった。手を握り返した。どうやら何があったのか察してくれたようだ。熱に包まれながらも、寒気も虚しさも感じる。念願の再会である。あの化け物め。次、会った時は逃げないように柱にでも吊るしてやりたいところである。
「状況はどれくらい分かってるかな? このままじゃ村どころか世界中とんでもないことになるよ!」
「それだけは避けなきゃ!」
これ以上の長居は無用だ。全滅を避けるためにもバラけた方がいいだろう。意識があちらに向いている間に考えないと。次の一手を。
「あそこからだ!」
何も見えない。
「まずいな。本物だ」
「まじかよぉ……」
「早く止めないと!」
「助けに行かないと!」
当然の権利と言わんばかりに血に塗れていた。なんとも判断に困る。村は相変わらず荒廃している。捕まれば確実に血祭りである。アレ……アイツの攻撃をまともに食らったら痛いどころでは済まないだろう。
「どうしよう、私のせいでとんでもないことになっちゃった……」
「姉ちゃんのせいじゃないよ」
「私……アイツとどこかに隠れて暮らさないといけないかもしれない……」
「一人は寂しいよ?」
「誰かが傷つくよりは……いいのかな……」
それは孤独を恐れない勇気じゃない。人と信じ合えない臆病だ。自分で切り拓かない道は、拓かないのだ。いつまでも悲しんでいるわけにはいかない。
「諦めずに頑張れば希望はあるよ!」
「ハッピーエンドを目指すのは…生者である私たちの義務じゃないの!」
「……」
彼女の物憂げな顔はあまり変わらない。
「怖いよね。そういう気持ち覚えあるよ。俺も似たようなものだったから。このままじゃダメだって分かるのに怖くて勇気が出ない」
「今は違うの?」
「今は……仲間がいるから。姉ちゃんにもいるじゃん。仲間」
「僕たち、力になるよ」
「私も!」
匠泰も僕たちのことを仲間だと思ってくれていたのか。それは素直に嬉しい。相手がどう思っているのか分からないので言葉にする勇気が出ない人もいるのに。彼は勇気があるのだ。
「戦うも逃げるも自由にしていいんだよ。大事なのは自分で選んだことかどうかだから」
「とにかく。言い換えればこれ以上、最悪な状況はないってことだ。あとは這い上がるだけだよ」
「本当はどうしたいの?」
「このままやられるのを待つだけじゃ私たちらしくない……こっちも……抵抗したい! アイツのことちゃんと理解して話がしたい!」
決まりだ。何はともあれ役者は揃った。さあ行こう。この世界を、人を、アイツを守るために。
八
「貴方が言ったんじゃない。私は幸せになれないって」
「違うよ。不幸に甘んじて逃げてるだけじゃ幸せになれないって、そう言ったんだよ」
過去にあったそんなやりとりを何だか思い出す。そんなことを言っていたらしい。あの頃が懐かしいが、彼女ももう泣いているだけのお姫様ではなかった。
「ねえ。思い出してよ。君は何でこの作戦に参加したの? みんなと幸せになりたかったからでしょ!」
そして皆で作戦を考えることになった。ひとまず奴のところに行って話をしてみるしかない。話ができる状態だといいが。まあ……信じよう。だが見ていた周りの人たちも皆が皆、肯定してくれるわけでもなかった。
「そんな一か八かの作戦するつもり?」
「するつもり」
羽菜ーっ! 言い返したーっ! まあいい。僕たちも気持ちは同じだ。最早、後方に憂いなし。守りたいものを守り、壊したいものを壊すだけだ。あとは目指すのみ。黒い雲が大地を灰に染め、城は禍々しい邪気に覆われていた。
「最後は一緒に行かせて」
最後は一緒に行こう。ゆっくりと奴のところへ向かっていく。雨が降る。誰もいない世界に。今までのことを思い出す。大丈夫。僕たちならできる。ついにやってきてしまった。ゆっくりと近づいていく虹々路。そういえば彼女は僕たちより奴といた時間が長い。しかも懐かれている。何故、彼女の元へ行っていたのか。何とあの実験場、化け物を何度も解体していたのだ。犠牲になっていた人たちは皆、コイツに害を与えていた人たちだ。無差別に人を襲っていたわけではない。そんな中で虹々路だけが奴を受け入れていたのだ。何の疑問もなく一緒にいた。彼女自身も人付き合いが苦手で誰かとの繋がりを求めていたのだ。そんなちょっとした共通点ともいえるようなもので彼らは信じ合っていた。お互い、出会えて嬉しかったのだろう。調べていたが、奴に害を与えた人たち以外は畑が荒らされていた程度しか被害の確認はできていない。
「壊したいのは貴方じゃない。貴方の痛みと憎しみ」
そしてこれが! 僕たちが確かに出会った! 彼女の思いだ! 何とか元に戻った。すっかり膝の上に収まってしまった。コイツも元はといえば人間の悪意をなぞった被害者だからね。仕方ないね。それから数日後。僕たちもついに帰らなければならなくなった。すぐに帰るつもりだったのに色々とお世話になってしまった。実はそれまでの間、村の人たちから謝罪もあって、これからは一緒に奴のことを見てくれるらしい。本当に良かった。態度で示せば伝わるのだ。そして遠いのに空港まで迎えに来てくれた。奴も大人しく抱っこされている。
「巻き込んじゃってごめんね……って」
罪は憎んでも人は憎まない。この世界が求めているのはそういう心。
「過ぎたことは仕方ないよ。世界を救うためにみんなで戦った。大冒険じゃん。反省してるならい……」
いよと僕が言う前に羽菜が化け物にデコピンを食らわせている。
「これ……「いいよ」の代わり……」
「あ、ありがとう……」
こんなことはやったけど、化け物を一撫でして楽しそうな羽菜。コイツにはちゃんと名前つけた方がいいかもしれないな……。虹々路と匠泰の考えておくの言葉を信じて僕たちは帰りの飛行機の飛行機に向かった。乗ってしばらくすると海の彼方から、柔らかな光が立ち上る瞬間が訪れる。太陽が燦然と輝き、海面をきらきらと照らし出すと、その光は穏やかな水面に反射して、目を刺すように眩しい。
「終わったの?」
「分からない。でもこれからも僕たちで何とかしていこう」
「これでアイツの心は救われたのかな?」
心とは常に不安定なもの。一旦は然るべき場所に収まったので一仕事終えた感がある。この世界は深手も追った。でも僕は仲間の強さを知った。何度、折られてもやり直すさ。日本に帰ってきて早々だが、僕はそそくさと持ってきていたものを片付けている。両親を亡くして孤児になった僕たちは別々の家に引き取られた。とはいえ引き取られ先が仲のいい近所同士だったので私たちが会うことは許してくれたし、なんならお泊まり会さえさせてくれた。実は僕がここにいたのも泊まりに来ていたからだったりする。
「また何かあったらよろしく」
「うん。じゃあまた明日、学校で」
「お世話になりました」
僕たちの毎日は、まだまだ続く。
後書
いたらないところもたくさんあったと思いますが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。