◻︎珍獣のツガイ
その後も、恵のアルバイト先でのトラブルの話を聞いた。
結論から言うと、私が知ってる昔の恵からは想像ができなかった。
YESかNOか、悪いのはどっちでどう対処したらいいか、そういう判断は的確で早かったと記憶している。
「ずーっと、ぐじぐじ言っててさ、俺も仕事で疲れて帰ってきて、その話を延々と聞かされるんだよ、美和ちゃんが話を聞いてくれて助かるよ」
人間関係のトラブルでも、それが仕事にも支障をきたしているのなら、キチンと対応すべきだよ、それは社員もアルバイトも関係ないと思う…そうアドバイスしたけど。
「ほらね!美和ちゃんも俺と同じ考えだろ?間違ってないから、はっきり言った方がいいって」
「…でもねぇ、そのあとの雰囲気が多分…悪くなってさぁ、仕事やりにくくなりそうでさぁ…」
「けど、それで恵がストレス抱えてもっと体調が悪くなったらダメじゃん?」
「…わかってるんだけどねぇ…」
何回話しても同じ答えだった。
具体的にエビデンスの話を出してみたり、上司に掛け合う時のきっかけの作り方も、思いつく限りのことをアドバイスしてみたけど。
うん、やってみる、とは最後まで言わなかった。
_____あれ?恵ってこんな感じだったっけ?
私は声には出さず、慎太郎を見た。
慎太郎は、“ほらね?”という顔で私を見た。
_____違和感とは、こういうことだったんだ
「あまりの急激な体調変化のせいか、メンタルも弱くなってるんだよ、恵ちゃんは。ぼーっとしてたり、突然苛立ったりかと思えば、なんでか泣いてたり。情緒不安定かな」
「症状が重いほうなんだね、私は運良く更年期障害みたいなものは出てないから、アドバイスとかできないけど。ホルモン補充とか漢方薬とかは?」
「やってみた、思いつく限りのことは。けどどれもイマイチでさ」
ふんだんなお金遣いには、こんな理由があったのかと思った。
『もしかしたら明日には死んでしまうかも?』そんな強迫観念みたいなものを、払拭したくて側から見たら派手な暮らしになったのかも。
理由がわかったら、その暮らしにも納得がいった。
_____そしてそんな恵に寄り添うように、価値観を同じように合わせている慎太郎君は、すごく恵を愛してるんだな
で、うちのご主人さまは?と振り返ったら、いつのまにか、リビングの隅っこでミルクと丸くなって寝ていた。
少し小さい、おそらくミルクのための毛布を2人(?)でかぶっていた。
_____ま、いっか
恵の体調不良は少し気になったけど、どれだけ検査をしても特に原因がわからないのなら、やっぱり更年期障害ということなんだろう。
「辛そうだったね、恵ちゃん」
酔ってミルクと寝てただけかと思ってた夫が、ポツリと言った。
「聞いてたの?」
「まぁ、なんとなく。そう思うと美和子は、ほとんど症状がなくてよかったね」
「うん、考えてみたら遠野さんとこと食事会した時に、ブワーっと暑くなったくらいかな?あとは自覚ないかな?」
「たまに、イライラしてることもあったけど、今は落ち着いてるよね?」
「あ、あったあった、まぁ、いまはね」
食事会の前後は、すごくイライラしてた記憶がある。
あれも更年期障害だったのかなあ?と思うけど。
今は、秘密基地もあるし雪平さんとのこともあって、毎日がそこそこ楽しいからかイライラしなくなった。
_____もしかすると、雪平さんのことで後ろめたいから優しくできるのかも?
それはそれでいいと思うことにした。
「あのさ、再来週末、俺、三連休なんだけど」
「うん」
「友達と旅行行ってきてもいい?」
「うん、いいよ。私は礼子と遊ぶから」
「よっしゃ!ちょいお洒落なジーンズでも買ってこようかな?」
「あー、それなら、こっちのカード使っていいよ」
私は、生活費用のカードを渡そうとした。
「あ、いや、いい、自分のやつだから自分で買うよ、ポイント貯まるし」
「あ、そう。いいならいいけど」
_____友達は女の子かも?
とピン!ときた。そうでないと、こんな行動はしないから。
誰と行くの?どこに行くの?とか、問い詰める気はないけど。
去年、固定電話に、夫のことを尋ねる電話があった。
「はい、田中です」
『あの、田中課長の部下の佐伯といいます。課長はいらっしゃいますか?』
「えっと、今日は出張だとかでもう出かけましたけど。何か用事でしたら携帯の番号を教えましょうか?」
『あ、いえ、それならいいんです。失礼しました』
そこで、電話が切れた。
その日夫は、急に出張になったとかで慌てて荷造りをして出かけた。
仕事での出張なら、部下は知ってて当たり前だと思ったから、違和感があった。
行き先も聞かなかったけど、大体はお土産でどこへ行ったかわかるし、どこへ行ったとしても電話さえつながれば問題はない。
そして、その出張には、お土産がなかった。
_____ふーん、そういうことか
“女の子といる時に、奥さんへのお土産なんて、買えないよね?”
と思ったけど、同時に
“それでいいんだよ、後ろめたさの塊のお土産なんていらないし”
とも思った。
そういうときの夫は、髭も剃るし髪も整えたりしてまぁまぁの男になる。
そういうことはきっと、私も同じなんだと思う。
お互いに言わないけど。
「つまり、あれだ、旦那さんの賞味期限はまだ切れてないってことなんだね?」
礼子が言う。
「うん、お洒落とか頑張ってるうちは大丈夫でしょ」
「美和子夫婦って、不思議な関係だよね?そういうことを見て見ぬふりで過ごせるって」
「別に家庭に面倒を持ち込むわけでもないし、そこは何故かしっかり信用できるからかな?」
いや、珍しい夫婦だよと、しきりに礼子が言うのが、なんだかとてもおかしかった。
「私ら夫婦は、珍獣のつがいか?」