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◻︎事故!
うっかりしてた。
私は運動神経が悪い、だから受け身とかできないのに…。
雪平さんと食事を終えて、たまには歩きましょうかとゆっくり歩いていた。
夜も8時を過ぎているので、ほとんど人通りもないし、走る車も少ない。
路地を一本入って、静かな通りをおしゃべりをしながら雪平さんと歩いていた。
不意に交差点の右側から飛び出してきた小さな人影に、前方から走ってくる車が目に入る。
「あぶないっ!!」
とっさのことで、何をしたのか自分でもわからなかった。
強い衝撃があって、痛いよりも苦しくて息ができなくて。
_____あ…れ…?
目の前が真っ暗になった。
遠くで誰かに呼ばれてる気がしたけど、それが夢だったのか現実だったのか、わからなかった。
「…和ちゃん!美和ちゃん!」
_____起きなきゃ…
もうそろそろ朝だよね、と思うのに目が開けられない。
重い重い瞼を少しだけ開けてみる。
「あ、気がついた、よかった」
「先生、呼んでくる」
夫が部屋から出て行くのが見えた。
「こ…こは?あれ?」
真っ白な部屋に消毒液の匂いがする。
「ここは病院だよ、美和ちゃん、なんでここにいるかわかる?」
礼子が私の顔を覗き込んできた。
わからないと首を振ろうとして、思うように動かせないことに気づいた。
「雪平さんといるときに、事故に遭ったんだよ。飛び出してきた子どもを助けようとして、自分が車に飛び込んだみたい。雪平さんがそう言ってた」
声をひそめて、礼子が説明してくれた。
「続きは後で話すから」
しっ!内緒という意味で、礼子は人差し指を口元にあてた。
私は小さくうなづいた。
足音がして、夫が先生を連れてきた。
「意識も戻ったし、もう大丈夫ですよ。検査結果でも特に悪いところはありませんでした。ただ全身を打撲しているので、しばらくは入院してもらいますが」
「すごいね、美和ちゃん、2メートルくらい飛んだらしいけど打撲で済むって」
バタバタとたくさんの足音がして、誰かが入ってきた。
「お母さん、大丈夫?怪我は?」
「あ、目が開いてる、よかった」
遥那と、聖だった。
「もう、心配したんだから!」
遥那が泣き出してしまった。
「ごめん、ついつい…大丈夫だから、ね!」
「ま、母さんのことだから大丈夫な気はしてたけどね」
聖が言う。
「あの…」
ドアのところに、女性と小学生くらいの男の子が立っていた。
「美和子が助けた子と、そのお母さんよ、入ってもらうね」
_____よかった、あの子は無事だったんだ
「すみませんでした、うちの子が飛び出したばかりに、こんな怪我をさせてしまって」
「ごめんなさい、おばちゃん」
頭を下げた男の子のほっぺには、絆創膏が貼られていた。
話を聞いたら、あの交差点の近くに住んでいて、些細なことでキツく叱ったら反抗して家を飛び出して行ってしまったということだった。
「たいしたことなかったので、もう気にしないでくださいね」
「でも…。おかげでうちの子はクルマにはねられずに済みました。ありがとうございました。また改めてご挨拶に伺いますので」
そう言って帰って行った。
「あの子だったんだ、無事でよかったよ」
「そんな人のことばかり心配してないで。美和ちゃんが事故に遭ったって礼子ちゃんから連絡が来た時は、心臓が跳ね上がったんだからね」
夫が言う。
「うん、ごめん」
「でも、礼子ちゃんがいてくれてよかったよ。連絡も早かったし」
_____そういえば、雪平さんは?
コンコンコンとノックの音がして、制服を着た警察官と、刑事らしき人が入ってきた。
「失礼します。つい先ほど、ひき逃げの犯人を確保しましたので、その報告に来ました。どうやら運転しながらスマホを操作していたらしく、気がつくのが遅れたようです。目撃情報もあったので、早く逮捕できました。一応、ご報告まで。では失礼します」
「ひき逃げだったの?」
私は礼子に聞いた。
「そう…なんだよね、たまたま近くにいた人が逃げる車の写真を撮ったみたいだったから。だから早く逮捕されたんだね」
_____きっと、雪平さんが写真を撮ったんだ
新聞記者だもんなぁ、なんて思った。
少し前に、雪平さんと打ち合わせたことがあった。
もしも緊急事態が起きたら、この人に連絡してほしいと、私は礼子のことを伝えていた。
その約束通りにしてくれたということだ。
礼子は、雪平さんの名前も知っているし、何かあったらお願いねと言っておいたから、対処してくれたのだろう。
_____ありがたい
これがもしも反対だったら…?
雪平さんからも、もしもの連絡先は聞いている。
同じように私も行動する。
ただ、何も言い訳ができないような事態にだけは、ならないように気をつけないとね、と言い合ったばかりだった。
たとえばホテルでの腹上死とか。
闇鍋なんてやってる場合じゃないよね?なんて笑ってたんだけど。
人生、何が起こるか先はわからないと、つくづく思った。
「さてと、今日はもう遅いから帰ろうか?」
夫が先に立ち上がった。
「うん、そうだね、また明日来るから」
聖と遥那と夫は並んで帰って行った。
「私も、一件、連絡しないといけないから、もう帰るね」
礼子は、スマホを私に見せた。
雪平さんに大丈夫だよと伝えてくれるということだ。
_____ありがとう
声を出さずに、礼子に告げた。
それにしても。
なにやってるんだろうなあ、私。
自分の不注意で、雪平さんまで巻き込んで不幸にするとこだった。
とても心配してくれた家族と、そっと隠してくれた礼子のことを思うと、このままでいいわけがないと思った。
私が怪我をすることは私の自業自得だけど、そのことで周りの人を巻き込んではいけない。
私がこれからやるべきことは、もう決まっていた。