テラーノベル
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毎日が退屈だ。
……いや、退屈なんて生易しい言葉じゃ足りない。
憂鬱で、億劫で、ただひたすら嫌悪感に満ちている。
もはや、自分には生きる価値も理由もない。
そう断じても、何一つ困らないほどに。
そんな俺が、今日も、明日も、呼吸を続けている理由が一つだけある。
ーーあの男、ツボミに復讐するためだ。
あいつと出会っていなければ、俺の人生は違っていた。
もっと穏やかで、もっと輝いていて、もっと「まとも」なものだった。
それは希望的観測なんかじゃない。
断定できる。そう言い切れてしまうほど、俺の人生は歪められた。
俺は、最初の被害者だ。
ツボミの悪行による、最初であり、そして永遠の被害者。
出会った当初は、ただの同級生に過ぎなかった。
だが日を追うごとに、距離は詰められ、気づけばどこまでも付き纏われるようになった。
本人曰く「ただの付き添い」。
その言葉とは裏腹に、それは確実にエスカレートしていった。
一晩中、ツボミの部屋に閉じ込められる夜が、何度もあった。
連休になれば自分の部屋へ戻ることすら許されず、外出も禁じられ、ほとんど監禁と変わらない状態だった。
閉じ込められた夜は、眠ることも許されなかった。
同性愛者である俺でさえ、この日々が続けば、男という存在そのものを恐怖の対象としてしまっただろう。
ーーそれでも、限界は来る。
「……ねぇ、何でこんなことするの」
「ん?」
「いつになったら、解放してくれるわけ」
心のどこかで、あり得ないと分かっていながらも、
“解放されるかもしれない”と、どこかで信じてしまっていたのだと思う。
「……するわけないじゃん? もしかして助かるとでも思ってた?」
薄く貼り付けたような笑顔で、あっさりと返された。
「ふふ、その顔。誰かに見せてみ? 逆効果なの、分かってるでしょ」
「言っとくけど……俺は、何とでも出来るんだからね」
しばらくの沈黙のあと、ツボミは再びこちらを見据えた。
「でもさ、マーク」
「……俺の駒、とでも言おうか。それになってくれる?」
「……はぁ?」
「なってくれるなら、やめてあげるよ。“付き添い”も、今みたいな“お泊まり”も」
ーー何のつもりだ。
その一言しか、頭に浮かばなかった。
“やめてあげる”が本当かどうかなんて、分からない。
いや、本当なはずがなかった。
それでも、我慢の限界に達していた俺は――承諾してしまった。
その日から、地獄が始まった。
同性愛者であることを理由に、好きでもない男を付き纏わされ、
都合よく悪者に仕立て上げられ、屈辱に耐える日々。
ただ一つ、皮肉なことに。
ツボミは約束通り、付き纏いも監禁もやめた。
「まぁ、もう無理なら無理って言えば?」
「その代わり、そうなったらーーまた付き添わせてもらうけどね」
それは解放じゃない。
首輪を外したふりをした、ただの脅しだった。
そして、その生活を拒むことも出来ないまま、年月だけが過ぎていった。
気づけば俺は、眼鏡をかけるようになっていた。
度数は、やけに強めのものだ。
目が悪くなったわけじゃない。
むしろ視力だけなら、昔から自信があった。
……ただ、この世界を見るだけで吐き気がするほど、精神が限界だった。
だから思ったのだ。
いっそ視界そのものを歪めてしまえばいい、と。
最初は慣れなかった。
気持ち悪さも増した。
だがそれは、この世界への嫌悪感による吐き気ではなく、
単なる視界のズレが生む不快感だった。
数週間もすれば、それにも慣れた。
確かに不便は増えたが、思ったほど致命的ではない。
それどころか、歪んだ世界の方が、妙に生きやすかった。
ーーもっとも。
好きでもない男の後を追わされる地獄が消えたわけではないが。
さらに数ヶ月が過ぎた頃。
俺とツボミは、クラスの“問題人物”として扱われるようになっていた。
当然だ。
俺は、かつて自分がされたのと同じように、誰かを執拗に追い回し、閉じ込める役を担わされていた。
それは俺の意思ではない。
すべて、ツボミの命令だった。
だが、彼がその相手を好きだったわけではない。
むしろ、どうでもいいのだろう。
ずっと分かっていた。
ツボミの目的は一つだけ。
俺に「もう無理だ」と言わせること。
そうすればまた、あの“付き添い”が始まる。
巻き込まれたクラスメイトは、そのための駒に過ぎない。
もしかしたらーー
必死に命令に従う俺の姿を見て、楽しんでいたのかもしれない。
そして、また一日が始まる。
この日が、俺の人生を大きく変えたのかどうかは分からない。
だが、少なくとも転機ではあった。
理由は単純だ。
新しく入ってきた生徒が、俺の好みを正面から撃ち抜いてきた。
俺は同性愛者だ。
だから当然、その子も男だった。
顔立ち、髪、雰囲気、話し方。
驚くほど、すべてが好みだった。
こんなにも条件が揃うことがあるのかと、戸惑うほどに。
気づけば、視線で追っていた。
そして、何週間か経ったある日。
ようやく、言葉を交わす機会が訪れた。
必死に何かに取り組む姿。
こちらの存在に気づいたときの、わずかな間。
目が合った瞬間に零れた、短い息。
「は、はい……?」と名乗った時の、不自然なほど動いた眉。
細かな仕草一つひとつが、胸に引っかかった。
罰だったのか、それとも皮肉なご褒美だったのか。
分からない。
ただ、すべてが愛おしく思えてしまった。
胸の奥がざわついて、どうしようもなくなる。
感情は、静かに、しかし確実に限界へと達していた。
……俺は、その男ーーロミオに堕ちた。
その日の夜。
あいつから命令はなかった。
それでも、俺は動いてしまった。
これまで“役割”として繰り返してきた行動を、
今度は自分の意思でなぞるように。
距離を測り、視線を重ね、
無意識のうちに、同じ空間にいようとしていた。
それが数日続きーー
ついに、気づかれた。
「……なんで、そんなに見てくるんですか」
「俺、何かしましたか」
言葉を失った。
どうする。
どう誤魔化す。
それとも、もうーー
ーー今更、何を恐れる必要がある?
俺はとっくに、まともな立場を失っている。
……それに。
たった一度くらい、
“好き”という感情のままに、行動してみたかった。
その先が、どんな結末であろうとも。
フラッシュバックされた今までの苦い記憶を振り払うように
俺はロミオの右手をとり、自分の口元へ近づける。
「はっ!?ちょ、離してっ、」
「…気付いたんだったらしょうがないなぁ」
「そうだよ、ずっと見てたよ」
そして、誰かのように、薄らと貼り付けたような笑顔で笑う。
もう、どっちみち、俺はずっと卑しい目で見られ続ける。
なら、いっそその役を引き受けてしまえばいい。
…あいつの呪縛から、少しでも逃れられれば。
コメント
2件
これ知ったらマークさん推しになっちゃうじゃないですか…!いや、結構前から好きでしたけどね?!
マークってツボミとこんなことがあったからメガネしてたのね、