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それは、穏やかな朝のすぐあとだった。
朝食のあと、栞が洗い物を終えてリビングに戻ると、
窓の外、森の木陰に“ひとつの気配”があった。
ピンと張り詰めた空気。
殺気とも違う、けれど“ただ者じゃない”と分かる静寂。
「……翠さん。誰か、いる」
「……気づいたか。こっちを見てるな」
翠はすでに銃を手にしていた。
が、ドアに近づいてもその表情に“敵意”は浮かんでいなかった。
数秒後、ドアがノックされた。
コン、コン。
「……久しぶりだな、翠。──そして、栞」
低く、乾いた声。
そして現れたのは──
「……鴇(とき)さん……」
かつての粛清部隊の隊長、
ふたりが逃亡した直後に“死亡処理されたはず”の男だった。
「どうして……あなたが……」
「死んだことにされて、都合よく捨てられたんだよ。組織にとっては、俺もお前たちも“もういらない”」
彼はゆっくりとフードを下ろし、
かつての軍服ではなく、旅人のようなラフな格好をしていた。
「“楽園計画”が壊れたあと、連中は焦ったよ。
証拠は世界中に広まって、計画の再構築も不可能になった。
でも……連中はまだ、“次の計画”を練ってる」
「……まだ続くのかよ」
翠が低く吐き捨てた。
鴇は頷く。
「コードネームを失った“元殺し屋たち”が、今、各地で暴走してる。
感情を抑えきれず、殺ししか知らないまま放り出された彼らは、“居場所”を求めて暴れ始めてる」
「……それって、私たちと同じ……」
栞が言葉を失いかける。
でも、鴇の目はまっすぐだった。
「俺は……彼らを止めに行く。
止めて、“名前で生きる意味”を教えてやりたい。
それが……組織に利用された俺の、せめてもの償いだ」
「……ひとりで行く気か?」
「そうだ」
「バカじゃねぇの?」
翠の言葉に、鴇が少しだけ笑った。
「……変わってねぇな、お前も」
「俺たちも行く」
「翠さん……!」
「お前が止めたい奴らは、かつての“俺たち”なんだろ。だったら、止めるのも“俺たち”であるべきだ」
鴇は目を細めて見つめたあと、
静かに──ほんの少し、目を伏せた。
「……あのとき、俺がお前たちを“撃てなかった”のは、間違いじゃなかったらしいな」
そして、鴇は右手を差し出した。
「ようこそ、反逆者ども。最後の戦場へ」
翠と栞も、それぞれに手を伸ばす。
かつては敵だった者たちが、
今、ひとつの目的のもとに手を取り合った瞬間だった。
***
その夜。
「栞。お前、本当に行く覚悟できてんのか?」
「うん。だって……“あの頃の私”みたいな子たちを、もう放っておけないから」
「泣いてもいいか?」
「……え?」
「行かせたくないって泣いても、止めねぇか?」
「止めない。でも、抱きしめてくれたら、ちょっと泣き止むかも」
「ったく……しゃーねぇな」
ふたりは何も言わずに、
ゆっくりと唇を重ねた。
静かで、あたたかくて、
戦う理由を、何度でも確かめ合うように。