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それは、地図にも、記録にも残らない戦いだった。
場所は、都市の影に隠された廃工場地帯。
かつて“候補生の選別”が行われていた、今は使われていない実験場。
そこに、かつてコードネームで呼ばれていた者たちが、次々と集まり始めていた。
暴走──それは“破壊”ではなかった。
ただ、生き方を知らない者たちが、命の使い道を探して暴れ、
そして“存在を証明する手段”として、戦うしかなかった。
「……まるで、あの頃の俺たちだな」
翠が遠くを見つめながら呟いた。
「違うよ。……だって、今の私たちは、“名前”を持ってる」
栞は静かに銃を握り直す。
「だから、彼らにも“渡したい”んだ。戦いじゃなく、名前を」
***
最初に彼らの前に現れたのは、
コードネーム【0307】──“剣(けん)”と呼ばれた男だった。
元・近接戦闘特化型。
手にはナイフ2本。目は虚ろで、だがどこか子供のような怒りが宿っていた。
「お前ら……組織を壊して、何様のつもりだ……!!」
「俺たちはただ、“名前で生きたかった”だけだ」
「名前だと? そんなもん、俺たちに最初からなかったんだよ!!」
叫びとともに飛び込んでくる刃。
応じたのは翠だった。
がっ、とナイフを弾く。
「“名前がなかった”なら、今から作ればいい。
“剣”じゃない、お前だけの名前を──!」
「……うるせぇぇぇ!!」
闘いは数分。
剣は動きを封じられ、地面に崩れた。
だが、翠は彼に銃を向けなかった。
「殺せよ。お前も同じ“殺し屋”なんだろ……!」
「……違う。今のお前を殺すのは、きっと“間違い”になる」
そして栞がそっと近づき、
ポケットから、小さな紙切れを渡した。
「“司”って名前、どうかな。昔の本の主人公から取った名前。強くて、優しい人だった」
「……名前……」
剣──いや、“司”はその紙を見つめたまま、泣きもしなかった。
けれど、それ以上暴れることはなかった。
***
それから、彼らは何人もの“元コードネーム”と相対した。
・生きる理由を喪った少女【1125】には、“朝陽”という名前を。
・人形のように感情を捨てた少年【0501】には、“蓮”という名を。
・最後まで抵抗を選んだ者には、静かに眠る場所を。
すべての命を奪う必要はなかった。
けれど、すべてを救えるほど甘くもなかった。
そのたびに、栞の目に涙がにじんだ。
けれど、翠はただ、彼女の肩を抱いてこう言った。
「お前の流す涙が、“戦いじゃない答え”を作ってるんだ」
そして──最後の敵が姿を現す。
その男のコードネームは【0000】。
誰よりも早く、誰よりも深く訓練された最初の“成功例”。
名を持たない王──“プロトタイプ・エデン”。
「貴様らの存在が、全ての秩序を壊した。
人間に選択を与えたことは、最大の愚行だ」
「それでも俺たちは、選んだんだ。名前で、未来を生きることを」
「──なら、力で証明しろ」
この戦いは、
名前のある人間と、名前を持たなかった機械のような存在との、最後の決着だった。