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神坂美月はこの凛蘭王国の第一王女だ。
そして、俺は幼い頃からそんな彼女に護衛として仕えている。
「姫さまが鬼の国に行ってしまわれてから、もう5ヶ月も経つのですね」
「ああ、そうだな。元気にしているだろうか……」
俺は今王城の中庭を姫さまの兄君であり、この凛蘭王国の第一王子である神坂葉月様と共に歩いている。
姫さまが鬼の国へと出立してから、俺は姫さまの兄であり第一王子だある葉月様の護衛になるようにと国王陛下から命じられた。
「凄い前から思っていたことなんだが、千明、お前は美月のことが好きだっただろ?」
「知っていたのですか?」
「ああ、まぁな、お前の美月を見る顔は護衛として以上の物があったからな」
隠していたつもりだったのに。
まさか、美月王女殿下の一番身近な人に美月に対する好意がバレていたとは……
「そうなのですね……」
「ああ、それでいつから好きだったんだ?」
「いつから好きだったかですか…… そうですね、姫さまが13歳くらいの頃からですかね」
「そんな前からなのか……」
葉月王子殿下は少し驚いたように俺を見てくる。
俺はそんな葉月様を見て苦笑し、過去のことを思い出し始めた。
❀❀❀
俺が姫さまの護衛になったのは、国王陛下の護衛である俺の父親が俺のことを陛下に推薦したことが全ての始まりだった。
俺の父親は優秀な陛下の護衛であり、陛下からの信頼も陛下の他の護衛の者達よりも厚かった為、父親が俺をゴリ押しで推薦した時も是非、姫さまの護衛を任せたいと即決で言われたらしい。
そんなこんなで、俺は13歳という若さで姫さまの護衛に着任することになった。
幼い頃から優秀な護衛である父親の背中を見て育った俺は父親に憧れを抱いていた為、日頃から鍛錬を欠かすことなく鍛えた身体は13歳らしからぬ体付きだったになっていた。
姫さまの他の護衛であった俺よりも年上な方達は最初に俺を見て少し驚いた顔をしていたのを今でも覚えている。
多分、驚いていたのは俺の13歳らしからぬ体付きであったのだと思う。
姫さまの護衛に着任してから、二年目の夏祭りの日のこと。
夏の夕暮れ。
王城下の町は、提灯の明かりと祭囃子の音に包まれていた。人々の笑い声や香ばしい焼きとうもろこしの匂いが、いつもの王城下とはまるで違う世界を作り出している。
俺は人混みに紛れぬよう、護衛として姫さまのすぐ隣を歩いていた。
十三歳の彼女は、賑やかな王都の道を歩きながら年相応の少女らしい表情を見せている。
金魚すくいに夢中になり、失敗してはくすくす笑う姿。
屋台で綿菓子を受け取ったときの、嬉しそうな緑の瞳。
――その一つひとつが、胸に焼きついて離れない。
賑やかな王都の街並みを歩いていた姫さまが不意に俺の方を振り向いた。
「千明、これ、美味しいわよ。少し食べる?」
そう言って差し出された綿菓子を前に、俺は一瞬、言葉を失った。
灯りに照らされた彼女の横顔が、やけに眩しく見えたからだ。
その瞬間、理解してしまった。
俺は姫さまをただの”主君”としては見ていない。
護衛として守るべき存在ではなく、一人の女性として、愛おしいと思ってしまっている。
――だが、口にすることは許されない。
俺は護衛で、彼女はこの王国の王女だ。
叶わぬ想いに気づいたことで、胸の奥に痛みと熱が混じり合う中、遠くで花火が打ち上がり、夜空を鮮やかに彩った。
打ち上がった花火を見て人々が歓声を上げる中、俺は花火を見て『綺麗ね……』と呟く彼女を横目に見ながら気づかれぬように拳を強く握りしめた。
(俺は、この想いを……ずっと隠して生きていくんだろうな)
姫さまの笑顔に見惚れながら、十五歳の俺は静かにそう決意した。
❀❀❀
姫さまの14歳を迎えた誕生日の日の夜。
彼女を祝う為の晩餐会が王城にある大広間で行われていた。
大広間には燭台の灯りが揺れ、豪奢な食卓には彩り鮮やかな料理が並んでいた。
貴族や家族の祝辞が次々と捧げられ、音楽隊が優雅に奏でる旋律が場を満たしている。
護衛である俺はいつものように姫さまの背後に控えている。
「千明、今夜はとても賑やかね」
「ええ。のお誕生日ですから、皆が心からお祝いしたいのでしょう」
「……そうかしら。形式ばった挨拶ばかりで、少し疲れてしまったわ」
そう言う姫さまを見て俺は笑みを溢した。
「では、せめて俺からは、形式ではなく……心からの言葉を」
「……心から?」
「はい。――14歳のお誕生日、おめでとうございます。どうか、これからも笑顔でいてください。それだけで……俺には十分ですから」
俺がそう告げると姫さまは柔らかい笑みを浮かべた。
「……ええ、千明、ありがとう」
彼女の瞳に映る自分はきっとこれから先も護衛としてだ。それが変わることはきっとない。
――そんな俺の思いを掻き消すかのように音楽隊が奏でる音色がひときわ大きく響き、俺はすぐに現実へと引き戻された。
❀❀❀
麗らかな昼過ぎ頃。
俺は王城の中庭を、護衛であり、そして幼い頃からの幼なじみでもある姫さまと共に歩いていた。
「姫さま、いよいよ明日、行ってしまわれるのですね……」
声に出した途端、胸の奥が締めつけられる。
分かっていたはずなのに、言葉にしてしまうと余計に現実味を帯びてしまった。
「ええ、こうして貴方と他愛のない会話をしたりすることも出来なくなると思うと寂しく感じるわ」
微笑んでそう言う姫さまだが、俺はその声音の奥にある寂しさを敏感に感じ取った。
「そうですね、私も姫さまと同じ気持ちです」
護衛としての顔を崩さぬよう、努めて穏やかに答える。けれど、胸の奥底ではどうしようもない悔しさが渦巻いていた。
幼い頃からずっとこの人を守ってきた。
剣を手に取り、命を賭しても守ると誓った。
――だが本当は、それだけじゃない。
俺にとって姫さまは、守るべき存在以上の大切な人なのだ。
「千明、これまで私のことを守ってくれて、側にいてくれてありがとう」
その一言に心臓が大きく跳ねた。
どうして今、そんな言葉をくれるのだろう。
思わず、彼女を真剣に見つめてしまう。
「はい、あの、姫さま。一つ約束して欲しいことがあるんですけど、いいですか?」
「ええ、何かしら?」
「何か辛いことや、逃げ出したくなるようなこと、寂しくなることがあったら、俺のことを思い出すことを約束して欲しく思います。俺は離れていても、姫さまの味方ですから」
――本当は「そばにいて守りたい」と叫びたかった。
けれど、護衛という立場と、王女と自分の身分の違いがその言葉を喉の奥に縫いつけた。
だからせめて、彼女の心の支えになりたかった。
「ええ、約束するわ。ありがとう、千明」
小さく、けれど確かに頷く姫さま。
その姿を見つめながら、俺は自分の感情をさらに深く胸の奥へ押し込んだ。
その夜。
きっと姫さまも眠れぬ夜を過ごしているだろうと思いながら、俺もまた寝台の上で目を閉じることができなかった。
――明日が来なければいいとさえ思ってしまう。けれど、時間は止まることはなく無情に過ぎていった。
❀❀❀
翌日の朝。
王城の正門に並び、陛下や姫さまの兄君であり王子殿下と共に俺は馬車へと向かう姫さまを見送った。
やがて御者が合図をし、馬車がゆっくりと動き出す。遠ざかっていく窓の向こうから姫さまの緑の瞳がこちらを見ているのが分かった。
泣きそうな顔。
それでも気丈に振る舞おうとしている顔。
胸が張り裂けそうになる。
けれど俺はただ、護衛としての顔を崩さぬよう最後まで背筋を伸ばして立ち尽くした。
――どうか幸せに。
本心とは裏腹に、そう祈るしかできない。
空を見上げれば、雲は厚く垂れこめていた。
あの日、祭りの夜に気づいてしまった想いを今も消すことはできない。
だが、それを告げることは許されはしない。
俺はただ、胸の奥の言えなかった想いを心の中で告げて、彼女の幸せを願った。
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