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鬼が住まう国。
通称、神月と呼ばれているこの国の国王と人の姫の間に生まれたのが私だ。
母は私を産んですぐに命を落とした。
母が亡くなった後、父君は少しの間、元気を失くしていたが、時間が経つにつれて父君は元気を取り戻していった。
だが、私が18歳を迎えた誕生日の日の朝。
王が自害したということを知った。
父君はもう、大丈夫だろうとそう思って安心していた。けれど実際は大丈夫ではなかったのだ。
父君は私に心配をかけないように、元気に振る舞っていたということを私は父君が亡き後に知った。
父君の本心に気付けなかったこと。
大切な人を亡くしたというのに、寄り添うことができていなかったことを私は深く後悔した。
両親を亡くした私はこの国の唯一の王位後継者として18歳という若さで王位に就いたのだ。
私が王となってから若さ故に色々な苦労があったが、そんな私のことを今に至るまで支えてくれたのが護衛の蒼史だった。
蒼史は幼い頃から私の護衛として付いていた私が唯一、心を開いて話せる存在だ。
蒼史がいなかったら私はきっと、周りの人間に流されて、動かされる王になっていただろう。
そんなこんなで、王としての功績を積み重ねていき、民達から信頼を得てきた頃、人の国から一人の使者がやってきた。
その使者は人の国の王に仕えている人間であり、王の命を受けて私の元までやってきた。
そう言って人の国の王からの伝言であるという人の国の姫君との政略的な結婚の話しを持ち掛けられた。
「人の国の姫君と結婚してこちらに何のメリットがある?」
「長きにわたり”人”と”鬼”は敵対してきました。
しかし大戦の末、和平のために結ばれた一つの政略。それが人の姫と鬼の王の婚姻です。まさか知らないのですか?」
使者である青年はそう言い私を見てくる。
「知らないな。だが、今は戦は起こっておらぬ」
「戦は起こってないですが、鬼の王の呪いを解くことが出来るのが人の姫です。政略結婚というのは表向きのこと。本当は呪われた鬼の国の王の呪いを解く為に鬼の国の初代国王が王となった者は人の国の姫との婚姻をと約束されたことです」
使者の話しを聞いた私は驚愕した。
そう、私の身には呪いがある。
生まれた時から課せられた鬼の王の宿命。
私の命は長くは続かない。
やがて魂は裂け、鬼の血は枯れ果てる。
それが私の身にある呪いだ。
そんなこの呪いを解く鍵となるのが人の国の姫君だったとは。
「わかった。人の姫との婚姻を受け入れよう」
「ありがとうございます。では、陛下にお伝えさせて頂きますね」
「ああ、よろしく頼む」
使者の青年は私にぺこりと会釈をしてから、玉座の間から出て行った。
使者がいなくなった玉座の間である大部屋で私は静かに口を開いて呟く。
「受け入れると言ったが、どんな姫君なのかもわからないのは少し不安だな……」
❀❀❀
使者がやって来て政略的な結婚の話しを持ちかけられ、その話しを受け入れてから月日は流れ、人の国の姫君が嫁いでくる日。
私はこれから出会う少女のことを思い馳せていた。人の国の姫、神坂美月という。
私と契りを交わすことになる者。
政略結婚であるが、ちゃんと大切にしたい。
私はそう強く思っていた。
廊下の先から、軽やかな衣擦れの音が聞こえてくる。私の元へ彼女がやってくる。
その事実だけで、張りつめていた胸の奥がわずかに熱を帯びた。
玉座の間の重々しい扉が金髪の青年の手によって開かれる。
そこに現れたのは、淡い緊張を纏った小柄な少女――人の国から嫁いできた姫。
神坂美月だった。
「蒼史よ、此処までの案内ご苦労であった。下がれ」
私は彼女の背後に控える蒼史へと声をかけた。
彼は恭しく頭を下げ、「承知致しました。では、失礼致します」と答えると、扉を静かに閉めて部屋を後にした。
広間には私と姫。二人だけが残る。
私は玉座に腰を掛けたまま、彼女をじっと見つめた。
「もう少しこちらに来い」
「わかりました」
小さく返事をして、彼女はぎこちない足取りで歩み寄ってくる。
緊張と不安を隠し切れていないのは一目でわかった。やがて、私の眼前に立った姫に問う。
「名は何という?」
「神坂美月と申します」
「神坂美月か。良い名前だな。……私の名前は永和という」
私が名乗ると、彼女は深く頭を下げた。
その動作一つにさえ、必死に心を奮い立たせようとしている気配があった。
――政略のための婚姻。
互いにとって重荷でしかない縁だ。
そう割り切るはずだった。
だが、青い瞳で彼女を見下ろしたとき私は彼女の心の震えを確かに感じ取ってしまった。
そして彼女が、自分は歓迎されていないと悟ったことも。
本心を悟らせまいと私は表情を変えなかった。だが、胸の奥では言いようのないざわめきが生じていた。
「私は何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「永和でいい」
「わかりました。では、永和様と呼びますね」
「ああ、私は美月と呼ばせてもらう」
「わかりました。では、これから何卒、よろしくお願い致します」
彼女は小さな肩を震わせながらも、深々と頭を下げた。恐怖と不安を押し殺して、それでも立ち向かおうとする姿。
その強さは、かつての私自身を思い出させるようで――妙に胸を衝かれた。
「ああ、こちらこそ」
言葉を返し、私は彼女の顔を見つめた。
私の青い瞳と彼女の緑の瞳が交わる。
私は表情は崩さず、ただ彼女の視線を受け止めた。
この少女は弱さを隠して強さに変えようとしている。ならば、私も王として、夫として――その強さに寄り添える器を持とう。
私はそう強く思った。
❀❀❀
夜の静けさに包まれた城内の通路を抜け、私は婚儀の場となる部屋で美月を待っていた。
やがて障子の外から澄んだ声が響く。
「失礼致します」
障子が開かれ、彼女が姿を現す。
緊張と恥じらいを帯びた表情でこちらに目を向けてすぐに視線を逸らした。
白い衣装に身を包んだ美月は初めて目にしたとき以上に儚げで、それでいて芯の強さを秘めているように見える。
「永和様、どうですか? 美月様、お綺麗でしょう?」
彼女に付き添ってきた侍女が、嬉しそうに問いかけてきた。私は視線をもう一度、美月に向ける。
「ああ、とても綺麗だ」
正直にそう告げると美月は少し頬を赤らめて控えめに微笑んだ。
「ありがとうございます。永和様もとても素敵です」
「そうか、ありがとう」
侍女がにこにこと笑みを浮かべ、彼女に向かって優しく声を掛ける。
そのやりとりを見つめながら、私は胸の奥に不思議な温かさを覚えていた。
やがて侍女は名を「葉月」と名乗り、丁寧に頭を下げて部屋を後にした。
障子が閉じられ、室内に残ったのは私と美月、二人きり。
静寂の中、美月はそっと歩み寄り、私の隣の座布団に正座して腰を下ろす。
その姿を見つめながら、私は口を開いた。
「美月、私は気持ちが表情に出づらいらしいからか、周りにいる者達から誤解されることが多いんだ。だが――美月のことは政略的な結婚ではあるが、愛したいと思っている」
「永和様……」
驚いたように顔を向ける美月。
美月の緑の瞳がまっすぐに私を見つめ返してくる。
「私も、永和様のことを愛したいと思っております。改めてこれからよろしくお願いしますね。永和様」
「ああ、こちらこそだ」
その瞬間、自然と笑みがこぼれた。
これまで幾度となく笑みを浮かべてきたつもりだが、今ほど心からのものはなかっただろう。
隣に座る美月もまた、柔らかな笑みを浮かべていた。