夫婦間不純ルール

「夫婦間でルールを決めないか？　このままではお互いに不満を感じる事になるだろうから」

　何の脈絡もなく夫がそう言い出したのは、結婚式からちょうど一年経った日の事だった。彼が手にしている数枚の白い用紙が気になりつつも、夫に言われるまま椅子に腰掛ける。

「ルール？　不満って、どういう事ですか？」

　夫である岳紘（たけひろ）はどうかわからないが、私にとって彼は初恋の人でありずっと思っていた相手。そんな人と結婚出来た事に不満などなかった。

　……そう、たった一つ。あの夜の事を除いては。

　お互いに気まずくなったあの夜、だけど次の日からは何事もなかったように新婚生活を始めた私たち。

　結婚しても医療事務という仕事を続ける私を理解してくれ、家事にも協力的な夫の岳紘さん。休日には二人で買い物にも出かけ仲の良い夫婦に見えるはず。今すぐに夫婦生活は出来なくても、そのうちきっと……そう思っていたのに。

「雫（しずく）は怒るかもしれない。でも俺なりに真面目に考えたことだから、君も真剣に受け止めて意見を聞かせてほしい」

「私が怒るようなことなんですか？　別に私は今のままでも不満なんて……」

　本当にないと言えば嘘になるが、今それを口に出す気は無かった。その一つだけで愛する夫との関係が悪くなるのは嫌だったから。それなのに夫は私の言葉を聞き流すように数枚の何か書かれた用紙を差し出してきた。

「読んでほしい、これが俺たち夫婦のこれからのために考えた“夫婦間不純ルール”だ」

「夫婦間、不純ルール……？」

　初めてかもしれない、夫の岳紘（たけひろ）の言葉がこんなにも理解できなかったのは。夫婦間ルールならわからなくもない、しかし不純とはどういうことなのか？　言葉を失う私を夫はただ黙ってみている、早くその内容を読めと言うように。

「……読めば、あなたの考えていることがわかるの？」

「そうだ。雫にとっては納得のいかない内容かもしれないが、今の俺たちには必要なルールだと思う」

　そこまで言われてしまえば目を通さないわけにはいかないだろう。私は気乗りしないまま差し出された用紙を受け取り、ゆっくりと書かれた内容を読んでいく。

　……だが数行も読まないうちに、私はその用紙をテーブルへと放り出した。

「私を馬鹿にしているの、岳紘さん？」

　彼が言った通り、私は苛立ちを隠せないほどには怒りを感じていた。読んだのはたった数行、それでもその内容はあまりにもふざけているものだったから。