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白山小梅
12
「ひい、らぎ?」
普段より丁寧にセットされたマッシュヘア、黒シャツの袖口から覗く腕、程よく彫りの深い顔立ちと、精悍な目元はアイスブルーの瞳を守っている。
間違いない、彼は柊 碧音だ。
一瞬だけ重なった視線は直ぐに逸らし、うろうろとさ迷わせてすっかり無くなったグラスを見つけた。
「……は?なんでいるの」
「あれ、知り合い?」
「やっぱり、そゆこと?」
疑問と納得を見せる、柊とチカくんと、それから芽依。
ていうか、芽依!長谷川くんと一緒に来たってことは、ここが柊のバイト先って知っていたはずだ。
友人の確信めいた犯行を予感していれば、芽依とバッチリ目が合う。
「エミのこと、知ってて意地悪したからお詫びに?」
こっそりと耳打ちして、ネタばらしをくれた。そんなことする必要が無いのに、と思いつつ、芽依の気遣いに嬉しさも覚える。
「ねえアオちゃん。せっかく来てくれたんだし、お友達にお酒作ってあげなよ」
そんなあたしたちを他所に、チカくんは話を進めていく。ちょうど二杯目を頼もうと思っていたけれど、バイト中ってことは、柊が作ってくれるの?
「さんせー!よろしくー!」
「いや、黒井さんの並々入ってるから」
「じゃあ、ほとりに、” ほとりに似合うカクテル “よろしくたのみます〜!」
芽依から促され、今度こそ柊としっかりと目が合う。
「……それ、カシスソーダ飲んでたの?」
こくんと頷くと、柊はリキュールを何個か選んで、専用の容器に手際よくお酒を流し込んだ。
どうやら、本当に作ってくれるらしい。これは……モテるな。
カクテルを作る時の柊の動作にあたしは当然釘付けだった。
蜂蜜のように薄暗い照明と、宝石の煌めきを宿した色とりどりのリキュール。手が届きそうで届かない、カウンターの外側と内側っていう絶妙な距離感で普段誰にも言えないような話を聞いてもらって、目の前で自分のためにお酒を作ってくれて、一緒にお酒を飲んで。
なにより、カウンターの向こうに居る三人のバーテンダーさん、みんなイケメンだ。
バーテンダーがモテる所以を理解していれば、柊はあたしに華奢なグラスを差し出した。
「お待たせしました」
カクテルグラスにはさくらのようなピンク色の可愛らしいカクテルが注がれていた。
ほのかに漂う甘いアルコールの香り。暖色のライトに照らされたカクテルはグラスとともに細やかに輝いて、宝石みたいだった。
「可愛い。……これ、なんて名前のカクテル?」
だからあたしは何気なく尋ねた。柊が作ってくれたお酒だし、当然の追求だったと思う。
でも、柊はすぐに答えてくれなくて、不安を覚えたあたしが首を傾げて覗き込むと、ようやくそのくちびるがぶっきらぼうに動く。
「トルマリン」
──柊が告げたカクテルの名前は、絶対に聞き間違えだと思った。だって、間違いなく、トルマリンっていうのは、わたしの脳内辞書では宝石にカテゴライズされているワードだ。そんな名前のカクテルがあるなんて。
「恋人の誕生日を祝いたい人とか、それから、お客さんの誕生日とか。そんなのをカクテルで祝えたら良いなって、誕生石をイメージしたカクテルを何種類か研究してんの、いま」
あたしの疑問を受け取ったのか、柊は説明をしてくれた。
オリジナルのカクテルらしい。でも、” 無い色はない”と言われるほど色が豊富っていうのがトルマリンの特徴なのに、柊が選んだのはピンク色。
「あの、あたし、誕生日四ヶ月くらい先ですけど」
「それくらい知ってるわ」
「普通さ、こういうの、誕生日というか、せめて誕生月にするでしょ」
「作りたい時に作るのが旬ってやつじゃん」
──いつかのあの日。
柊が贈ってくれたピンクトルマリンと、目の前のピンク色の液体が重なる。
閉じ込めたくて、誰にも見せたくなくて、アクセサリーケースの一番奥にしまい込んだあたしの宝物の石。
ああ、好きだなあ。結局、どうせあたしは柊のことが好きなんだ。
この瞬間にも胸がきゅんと疼いて、せっかく離れたっていうのに一瞬で引き戻されるなんて、ひどい片想いだ。
柊が作ってくれたカクテルを大事に口をつけた。カクテルグラスを持つ手がちょっぴり震えた。口の上にはみずみずしくも繊細なフルーツの味が踊り、甘酸っぱさが弾ける。
「……美味しい……」
ひと口で、このカクテルがお気に入りのひとつになった。
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