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「……先生って結構、腕力あるんですね」
「ああ、逃走するお前を取り押さえるくらいはな。で、さっきなんつった?」
「……先生、なんか言葉遣いが」
「うるさい、黙れ。とにかく、答えろ」
急に下町ボーイの口調になったグレイアスの瞳の奥は、制御できないほど魔力が暴れているのか、眩しいほどに輝いている。
(まさか、自白の強要をする魔法とか使わないよね?……よね??)
悪い事なんて一つもしていないのに、なぜか完黙できなかった容疑者の気持ちがわかってしまうなんて嬉しくない。
逃亡した飼い猫のように襟首を掴まれたノアが複雑な気持ちになった途端、グレイアスの顔がグイっと近づいた。
「……お前、城を出るって言ったけど、まさかローガンに脅されて怖気づいたのか?」
「まさか。ってか先生、実名公表するのはやめてください」
「うるさい。それよりも、今更殿下を見捨てるようなことを言うんだ?黙秘するなら、力づくで吐かせるぞ。その前に答えろ」
凄んでいるグレイアスは、前髪が邪魔なようで、何度も空いている方の手でかき上げている。
そういう仕草が、年上のお姉さまの心を鷲掴みにするんだな。
などと、どうでもいいことを考えるノアは、この現状に納得できないでいる。なぜなら───
「いやあの……ちょっと孤児院の皆が元気かどうか確認してくるだけで、すぐに戻ってきますけど?まぁ、溜まりに溜まったお休みをそろそろ消化させていただこうとも思ってまして。つまり、単なる一時帰宅するだけです」
そんな理由なので、グレイアスからこんな扱いを受ける筋合いはない。
ふんすっと鼻息を荒くするノアだが、グレイアスは魂をどこかに落としてしまったかのような呆けた顔をしている。
「……は?一時帰宅??」
「ええ、そうです。お仕事の取り決めをした際に、殿下から10日に一度はお休みして良いよって言われていたんです。ただ、休む必要がなかったからこれまで取ってなかっただけで……って、先生?聞いてます??私、契約違反っぽいことはしてないですよ。あと、そろそろ、その手を離してくださーい」
びよーんと持ち上げられた状態は居心地がいいとは言えないので、両手を振って主張したら、あっさりとグレイアスは手を離した。
ただあっさりしすぎて、ノアはその場にぺしょりと尻もちを付く。できれば、一言くらい予告が欲しかった。
「つまり、あなたはこれからも殿下の傍にいるってことでよろしいですか、ノア様?」
急に口調が戻ったグレイアスに、ノアは痛みに顔を顰めながらも、こくりと頷いた。
「痛ててっ……あ、はい。ひとまずは夏が過ぎて、完璧に秋になるまではお世話になるつもりです。……まぁそんな長く働きたいと言っても、殿下には殿下の都合があるから」
「殿下の都合は、どうでもいいんです。とにかくあなたは、まだここに居るんですね?」
「居ますよー」
「……」
潰れたお尻を撫でながらノアが雑な返事をすれば、なぜかここでグレイアスは顎に手を当て、思考の森に入ってしまった。
ここはグレイアスの私室だから、考え事をしようが、お茶を飲もうが、居眠りしようが、ノアが文句を言う権利はない。でも、尻もちの件だけは、ちょっとは謝って欲しかった。
そんな気持ちをジト目で訴えてみるが、グレイアスの瞳にはノアは完璧に映っていない。
あまりに綺麗に無視をされるものだから、ノアが自分が透明人間になってしまったかと本気で不安になったころ、ようやっとグレイアスは思考の森から帰還した。
そして、こう呟いた。
「よし、これは利用できそうだ」