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「……主よ。さすがに主が学ぶのは御方様からの許可が下りぬと思うのじゃが」


「……わかっています」


ギードからも恐れ多いと断られるのはわかっているので、思うだけだ。

本気で学びたかったら、システィファニアにお願いすればいいというのも、きちんと理解しているのだ。


「奥方様はそれでよろしゅうございますの?」


「私に仕えてくれる子たちの、前向きな希望はできるだけ叶えたい方針なの。了承していただけたなら嬉しいわ」


「では、早速ギードに打診してまいりますわ!」


ふわっと浮き上がったシスティファニアの姿が消える。

随分と乗り気のようだ。


「ネマたちのお蔭で下がった評判も、一気に元通り以上になりそうね」


「お店の名を汚さないように頑張りますわ! 主様のために、たくさんの知識と経験を得てまいる所存です!」


テーブルの上で、びしっと敬礼された。

やる気に満ち溢れているネマの愛らしさが倍増して見える。


ギードが大きな鉢をカートのようなものに乗せて戻ってきた。

システィファニアはその背後に浮遊しており、大きく頷いてみせた。

どうやら説得に成功したようだ。


「奥方様には光栄な御提案をいただきましてありがとう存じます。こんなにも愛らしい方々に手伝っていただけたなら、店の名は実力以上の力を得てしまいそうで、恐ろしいくらいです」


「可愛らしいだけでなく大変優秀な者たちです。最初はこのネマを伺わせましょう。あとはこの子の姉と妹の三人交代で、休みの日以外は毎日手伝う形でよろしいかしら?」


「毎日! よろしいのでしょうか? 花屋は華やかさに見落とされがちではございますが、想定しているより激務かと思われます。こんな可愛らしい子たちに無理をさせたくはないのですが……」


「大丈夫です! 私たちリス族は見た目より頑丈ですから! もしよろしければ販売だけでなく、仕入れなどにもお使いくださいませ!」


むんと胸を張ってみせるネマの姿は、ただただ可愛い。

ギードの眦も見事に垂れ下がっている。


「そう言ってもらえるのなら、仕入れなども一緒に行きましょうか。花の善し悪しの細やかな見分け方なども教えましょうね」


「はい! どうぞ、よろしくお願いいたします」


深々とお辞儀をしたネマの頭にギードの手が伸びかけて、慌てて引っ込めている。

ネマだけでなくネルやネイの頭も、気兼ねなく撫でられるようになるまで、そんなに長い時間はかからないだろう。

微笑ましい未来の光景が瞼の裏に浮かんだ。


「あくまでも花に関する専門知識を教えていただくという形で通わせますので、給与は不要です。しかし永続的に通わせるつもりはございませんので、これを機に新規の雇用や新しい伴侶についてもお考えくださいませ」


「新しい伴侶、で、ございますか……」


「そう悩むまでもあるまい。次の伴侶が妖精であっても周囲は納得するであろうよ!」


彩絲の言葉にギードは思わずといった勢いでシスティファニアを見つめる。

大きく目を見開いたシスティファニアの表情が、ゆっくりと甘く蕩けだしていく。

見た目こそ美女と野獣だが、お似合いの二人には違いない。


「じゅ、準備させていただきました花の説明をいたしたいと思いますが、よろしゅうございましょうか!」


ギードの頬は紅潮しており、声も上擦っていたが、武士の情けとばかりに彩絲も触れなかった。

急な話題変換にも静かな微笑を浮かべて背筋を正す。

目の前に置かれた鉢は白い陶器製。

私に持ち上げられるだろうか?

腰を痛めそうだ。


「陶器は契約している窯元に焼かせております。こちらは重量軽減をかけてございますので、貴婦人でも楽に持てるように作られておるのです。くれぐれも勢いよく持ち上げないように御注意くださいませ」


そうきたか!

さすがはファンタジー世界。

重量軽減魔法は幼い頃、無茶な買い物を命じられたときに一番憧れた魔法だ。

夫と一緒になってからは重い物を持つ機会はほとんどないので、自分にかけて何かと抱き上げたがる夫の負担をなくす方向で使いたい。


「花は今回、あえて白一色で統一いたしましたが、お勧め寄植えのカタログを御覧いただいて、自分好みの寄植えを模索くださいませ」


「その際の注意点はありますか?」


「そうでございますね。あまり匂いの強い花を複数植えないこと……ぐらいでございましょうか。どうしても植えたい場合は、消臭魔法の魔道具を使われるとよろしいかと思われます」


きっと高貴な人たちから無茶ぶりされているんだろうなぁ。

私は素材をそこまで損なって自分の趣味を押し通そうとはしないけれど、それを許さない人たちが拗ねた結果が便利な魔道具と考えれば、ある程度の無茶ぶりなら許されるのかも? と思ったりもする。

消臭魔法の魔道具とか、教えられた用途以外にも、すごく生活に根付きそうなものだしね。


「花々の説明はこちらにございます。システィファニアの要望でメインにいたしました百合は、少々香りに癖があるので苦手でしたらこの場で交換させていただき……」


「奥方様が、私が薦める百合を嫌うわけないでしょう! ひどいわ、ギード!」


正面に回ったシスティファニアがギードの肩をゆっさゆっさと揺さぶる。

私はすかさず中央に植えられている、背の高い百合に花を寄せた。

実にかぐわしい香りだ。

百合でも苦手な種類があったのだが、この香りはとても好ましい甘さだった。


「とても素敵で、好きな香りです。ありがとう、システィファニア」


「ほら! やっぱり奥方様はわかってくださるのよ! ギードも反省してほしいものですわ」


はい、ツンデレありがとうございます。

ギードも咎めなかったので、ツンデレもしくはシスティファニアを正しく理解しているのだろう。


「では主。鉢は妾が収納しておくが、よいな?」


「ええ、お願いしますね、彩絲」


「うむ」


彩絲は手早く収納で鉢以外にも、必要な道具を一式しまってくれた。

手にしていた説明書もしまわれてしまう。

馬車の中で読んで酔ってしまうのを心配したのだろう。

特に花の香りを堪能したあとは、馬車に酔いやすいらしい。


「今回はいろいろとお手間を取らせてしまいましたけど、今後ともよろしくお願いいたしますね?」


「こちらこそ、身に余るお慈悲をいただきましたこと、終生感謝いたします」


巨躯の心を込めた謝辞にはくるものがあった。

困った女性に振り回されたギードが、今度はシスティファニアで癒やされればいいのにと、切に思う。


二人の見送りを背中に、馬車へ乗る。

窓から手を振って、楽な姿勢を取ったところで、百合の芳香がふわっと優しく全身を包み込んだ。



百合の芳香に包まれて目が覚めた……と思ったら、鼻が嗅ぎ慣れた香りを察知した。


「緑茶?」


がばりとベッドでの上で勢いよく身を起こす。


「はい。緑茶にございます。主様にはこちらもよろしゅうございましょう?」


「うん。嬉しい」


声のする方に振り向けば、ノワールが急須で緑茶を淹れている最中だった。


「煎茶『爽やかな風』でございます。起き抜けの体を爽やかに駆け抜けてゆく風のような煎茶として知られている緑茶です。心地良い目覚めに最適な緑茶として、広く飲まれております。熱いのでお気をつけくださいませ」


そっと渡された湯飲みは熱かったが、持てないほどでもなかった。

湯気が鼻を擽る。

ふーふーと息を軽く吹きかけてから一口。

ぎりぎり飲める熱さが、喉を通っていく爽快感に目を細める。

まろやかな甘みのある飲みやすい煎茶だった。


「しっかり覚醒できそうだわ。毎日飲んでも飽きなそうな味ね」


「お気に召したようであれば、モーニングティーのローテーションに入れましょうか?」


「是非お願いしたいわ」


「畏まりました。本日の朝食はいかがいたしましょうか?」


「……そういえばこちらは朝食を外で食べる習慣ってあるのかしら」


「ございますよ。トースト専門店、サンドイッチ専門店、お粥専門店などが人気でございますね」


「じゃあ、今日の朝食は外食で!」


「畏まりました」


会話の中で冷めていく煎茶を飲みきった頃合いを見計らったように、彩絲が現れた。


「本日の朝食は外でと聞いたが、それでよいな?」


「うん。いいわ……もしかして、それを着るの? 主人から駄目だしされないかしら?」


彩絲がベッドの上へ広げたのは、純白のタートルネックワンピース。

ただし総レースで、透け透け仕様だ。

更にノースリーブで、ロングスカートのバックラインが太ももから綺麗に割れている。

ふわりと風が舞えば、下着が丸見えになりそうな予感がする代物なのだ。


「うむ。こちらのロングケープを羽織ることで許可をいただいたぞ!」


抜かりなく夫の許可を得ていたらしい。

正直よく許可がでたなぁと思ったら、ロングケープは全身をすっぽりと覆う仕様。

個室等でケープを脱ぐときに、身内以外はいないと判断されたのだろう。

一応総レースの下には、こちらは透けないインナーも着るようだ。


「朝食は何を所望じゃ? 妾のお勧めはお粥専門店『好柔米《こうじゅうまい》』四種類のズーチ粥は、幾度食しても飽きぬ味じゃぞ?」


「洋風お粥! 新しい感じね。お粥ならシンプルなお米のみの物に、出汁の餡を後がけするメニューを食べたいかしら」


「私はトースト専門店ね! 厚切りのパンにしみしみのターバ。別途ついているカリカリコンベー(ベーコン)と半熟目玉焼きが美味しいの」


「あら、そっちも美味しそうね。迷うわぁ……」


着替えを任せながら悩む。

アクセサリーは可愛らしいピンク色の淡水パールで統一された。

花びらの形を模したイヤリングが実に可愛らしい。


「でしたら今回は好柔米に行かれるとよろしいのでは? 個室利用の先着十名様に『トッピングマシマシ』特典が、ついているようですから」


「おぉ! あそこのトッピングはどれも美味じゃからのぅ!」


「お得感には負けるかなー」


「では予約を入れておきましょう。今なら先着十名に入れそうでございますから……」


「そうそう。行くのは私たち守護獣とアリッサだけだよ。他の皆は料理上達のために頑張るんだってさ」


「ノワールもそちらの監修で残るそうじゃ。ランディーニは……」


「我は奥方とともに行くぞ! 久しぶりにほうじ茶粥が食べたい」


ランディーニはなかなか通好みのメニューが食べたいらしい。

私もまだ食べたことがないので、味見ができたら嬉しいのだけれど。


「ん? 美味なるものは分け合うべきじゃろう。遠慮なく希望を言わねばならぬぞ?」


ランディーニに隠していた欲望を暴かれてしまった。

ネットで得た情報では、一口頂戴という行為は嫌われるらしいのだが……。


「ほっほっほっ! 価値観の摺り合わせがすんでおる親しい間柄なら、全く問題なかろう。のぅ、彩絲、雪華」


「そうだよ、アリッサ! むしろ遠慮される方が寂しいし」


「じゃな。守護獣は基本、主の喜びは己の欲望より優先されることじゃ。例えば生理的、種族的に受け入れられないようであれば、きちんと説明するしのぅ」


「心配であれば、そういった行為に抵抗があるのかどうか、最初に聞けばいいだけの話じゃ。奥方がそうしたいと望む相手ならば、きっと喜ぶはずじゃからのぅ」


家庭環境が複雑だったので、その手の距離感が全然上手く掴めない。

時間をかけて理解したり構築したりする必要があると、頭の片隅で認識していてもまどろっこしさが拭いきれないのだ。

乙女ゲームのように、正解の選択肢があればいいのにと思ってしまう。


「取り敢えず、私も彩絲もランディーニも『一口頂戴』は大丈夫だから、アリッサも存分に楽しみましょう!」


「そうね。よろしく」


自分たちを使って練習すればいいと屈託なく笑う、彼女たちの優しい言葉に甘えて、私は料理シェアの楽しさを学ばせてもらおう。



馬車を使うまでもないと、特殊な近道で徒歩五分。

粥専門店・好柔米についた。


「え? 何かがおかしい気がする」


「ほっほ。秘密の近道を使ったからのう。人の歩く道であれば倍はかかるじゃろうな」


ランディーニが自慢げなので、どうやら彼女がいないと使えない近道らしい。

鳥道的なものだろうか。

歩いているつもりが、空を飛んでいたら面白い。


「ノワールが予約を入れた者じゃが……」


あえて名乗らなかったランディーニの意を汲まない男性店員は、もしかして店長だったのだろうか。


「当店へ時空制御師様の最愛がお越しになりました! どうぞ拍手を持ってお迎えくださいませ! さぁ、ケープをお預かりいたしましょう!」


店の入り口付近で待ち構えていた男はあり得ない暴言を吐いただけでなく、ケープまでをも剥ぎ取ろうとした。


彩絲の繊手が男の手をはたき落とし、雪華が男の腹に拳をめり込ませる。

男はがひゅっ? っと息を吐いて天井に叩きつけられた勢いのまま、床に落下した。




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