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「奥方様は静かに食事を楽しまれる。また一切の詮索は無用じゃ!」
「主様は女性の接客を好まれる……我らの許可なく主様に触れようとした不埒者の処分は、店の責任者に任せよう……店長はどこじゃ? まさか、この不埒者が責任者というのではあるまいなぁ?」
「当店の副店長が御無礼をつかまつりました! 店長は新たな食材を求めて外出しており、明日戻る予定になっておりまして、現在不在でございます。自分は料理長です。最愛の御方様への無礼を、店長に代わってお詫び申し上げます!」
高さのあるコック帽を外して直角に腰を折られた。
白髪白髭の見事な老爺の登場に、夫の駄目出しはない。
彼もまた生粋の職人なのだろう。
料理長の背後には料理人、ホールのスタッフも揃って腰を折っていた。
どうやらお花畑思考の持ち主は、副店長だけのようだ。
店長不在で暴走してしまったのだろう。
「謝罪を受け入れます。予約の通り朝食をいただきたいのですが、叶いますか?」
「勿論でございます! 注文はわしが伺ってもよろしゅうございますでしょうか?」
「料理長自ら光栄ですわ。席への案内は……」
「そちらもわしがいたしましょう。御予約の個室はこちらにございます」
料理長は料理人たちに素早く目配せをする。
ホールスタッフたちは、料理人と同じような目配せをした。
「お食事を堪能中の所に、失礼いたしました。引き続き、どうぞ朝食を御堪能くださいませ」
自分が悪いわけではないが、こういった場面では謝罪をしておいた方が無難だろうと、軽く頭を下げておく。
『最愛様が頭を下げる必要はございません!』
『こちらのお粥はとっても美味しいですから、どうぞ楽しんでいってくださいませ!』
『お姿を拝見できただけで、手前どもは光栄です!』
『ぶっちゃけ、駄目なのは転がってる奴だけですから! 御安心くださいね!』
沈黙を守って様子を窺っていた他の客は、私の詫びに対して、そんな言葉を向けてくれた。
朝の活力となる食事の場面で、不快な思いが残らないのなら良かったと思う。
「副店長は食料庫に縛り上げて収容しておきます。店長が戻り次第詳細を伝えてのちに、退職になるかと思いますが、謝罪に向かわせましょうか?」
料理長が掃除の行き届いた寛げる個室へと案内し、椅子を引いてくれる。
「副店長の謝罪は不要じゃよ。主様の領域へ一歩たりとも足を踏み入れさせたくはないのでな」
「他のお客様もおっしゃっていたように、彼だけが困った店員だったのでしょう? 次に来たときの接客が彼でなければ、これ以上の謝罪は不要ですよ」
「お優しい言葉に感謝いたします。次の御来店も自分が接客いたしましょう。わしもたまには、お客様のお声を直に聞かせていただきとうございますからなぁ」
「お忙しい立場なのに恐縮です。ではそうしていただきますね?」
「こちらがメニューでございますが、メニューにないものでも、御要望があればお受けいたしますので、遠慮なく申しつけてくだされ」
「うむ。我はほうじ茶粥を希望するぞ!」
私に近しい者の中では一番遠慮がないランディーニだが、全く図々しさを感じないのは彼女が空気を読んだ上で自分を演出しているせいだろう。
「おぉ! 随分と渋い好みでいらっしゃる。添え物は何にいたしましょう。ほうじ茶粥ですと……ブリガッコ(いぶりがっこ)、サイザー(搾菜)、チリチリジャコ(ちりめんじゃこ)に、ミドリナ(高菜)の炒め物などが人気ですな」
「全部じゃ!」
「ほほう。全部となると一人前より多めに、お持ちした方がよろしゅうございますかな?」
「そうじゃな。皆にもほうじ茶粥の美味しさを楽しんでもらいたいのでな」
「承りました。一口サイズの小さな粥椀も多めにお持ちいたしましょう」
「そんな風にシェアする方たちも多いのかしら?」
「女性同士や家族連れに多く見られますな」
私が思っているよりシェアを楽しんでいる人たちが多いようで安心する。
「我は四種類のチーズ粥をいただこう! トッピングはカリカリコンベーとカリットン(クルトン)、ドライセリパ(パセリ)とドライ赤パップリンじゃ」
「私は海鮮粥かなー。トッピングはフライドニクニン、輪切りレッドシラカ(赤唐辛子)は少なめ、クチパ(パクチー)多めでお願いします!」
二人もさくさくと決めていく。
慣れているので幾度となく訪れているのだろう。
私は同志が多いらしく、結構目の引く大きさで掲載されていた、本日のお米お粥とあんかけをお願いする。
トッピングは選びきれなかったので、箸休めにもいいからと、料理長にお勧めされたカメーワ(若布)のタラノコ(たらこ)煮と、ニガバナ(菜の花)とオニオーンのシラカツ-ナ(ツナ)マリネを注文しておいた。
大きなワゴンに載せられて、料理は一度にやってきた。
「大変お待たせいたしました。本日のお米お粥とあんかけ、ほうじ茶粥、海鮮粥、ズーチ粥になります。トッピングはカメーワのタラノコ煮と、ニガバナとオニオーンのシラカツーナマリネ。ブリガッコ、サイザー、チリチリジャッコに、ミドリナの炒め物。フライドニクニン、輪切りレッドシラカ少なめ、クチパ多め。カリカリコンベーとカリットン、ドライセリパとドライ赤パップリンでお間違いないでしょうか?」
手早く大テーブルに料理と取り皿が並べられる。
「ズーチ粥には、こちらのホワイトソルトパッペー(塩胡椒)、海鮮粥には、ギーネオイル(葱油)もお勧めですので、どうぞお使いになってくださいませ」
「おお。当たり前過ぎて、忘れておったぞ。ホワイトソルトパッペーだけでも十分に美味なのじゃ! アリッサにも是非食べてもらわねばのぅ」
「うんうん。ギーネオイルも海鮮粥にしみじみあうんだよねー」
「ほうじ茶粥は早速全種盛りで食させねばなるまいぞ」
皆がうきうきと小椀を手に取ってシェアする分を取り分け始める。
私は何とも美味しそうな飴色のとろみ餡を小さじで掬って味見をした。
思わずうっとりしてしまう癒やされる味だった。
「食後のお茶はこちらの工芸茶をサービスさせていただきますので、お好きな物をお選びくださいませ。食中茶には香りを押さえた当店自慢の茉莉花茶を用意いたしましたので、こちらはお代わり自由でお楽しみくださいませ」
朝食後から工芸茶が堪能できるとはすばらしい。
やはり見た目が華やかな芍薬かカーネーションがあったら頼んでみたい。
茉莉花茶に関しては、美味しい物は驚くほど飲みやすいので、楽しみだ。
料理長が深々と頭を下げてワゴンとともに下がっていく。
「では、いただきましょうね」
小椀に米のお粥をよそって、上からとろりと餡を回し入れる。
カメーワのタラノコ煮と、ニガバナとオニオーンのシラカツーナマリネは、別の小皿に載せて一緒に渡した。
わいわいと堪能し始めている様子に浮かんできた微笑はそのままに、まずは自分の注文した餡かけお米粥をいただく。
「……美味しいお米ね」
日本のブランド米に匹敵する味の米だった。
何もかけずともぺろりと平らげられそうだ。
米の持つほんのりとした甘みが、食欲を増進させる。
また、餡がいい。
米本来の味を損なわずに、絶妙な塩味が絡む。
日本人は塩味好きだよねぇ……と、小椀に盛りつけた分を食べ尽くしてしまったので、箸休めのトッピングを摘まんだ。
カメーワのタラノコ煮は、想像通りの甘めで美味しい。
噛み締める度に煮汁がじゅわっと口の中に広がる。
煮込んでもカメーワの鮮やかな緑色が損なわれないところにプロの技を感じた。
そういえば、王都初級ダンジョンで出るかめーわも、色は違えど似た味だ。
こちらの店では採用しないのだろうか?
ニガバナとオニオーンのシラカツーナマリネは、実にさっぱりとしている。
酢の効き具合が実に好みだった。
ニガバナの苦みとシラカの辛みのバランスも絶妙だ。
トッピングとは思えないほどに、一品一品が丁寧に作られている。
毎日食べても飽きないのは、料理の良質さもあるのだろう。
続いて彩絲がくれたズーチ粥をいただく。
料理長お勧めのホワイトソルトパッペーを少しだけかけた。
パッペーは舌に残る粗挽きだ。
噛み締めたときに広がる香りが鼻を楽しませてくれる。
ズーチの濃さもスパイシーな香りで、少し軽減されている気もした。
一口含んだ茉莉花茶は当店自慢の! と誇るだけあって、飲みやすかった。
今はホットでいただいているが、よく冷えた茉莉花茶も飲んでみたい。
飲むときと、飲んだあとにふわっと茉莉花の香しい匂いが広がるのだ。
海鮮粥も料理長お勧めのギーネオイルでいただいた。
帆立系の香りとギーネの香りの相性がとてもいい。
ふと雪華を見れば、クチパを山のように盛って食べていた。
どうやら彼女は香菜《シャンツァイ》マニアらしい。
私的には少量が好ましいのだが、向こうでもクチパ山盛りが大好きな知人は多かった。
大量摂取しないとわからない、たまらない魅力があるのだろうか。
「妾のお勧めはチリチリジャッコがけじゃな。ほれ! 試してみるがええ」
「ふふ。ありがとう……ええ、このかりっとした食感は好ましいアクセントになるわね」
「そうじゃろう、そうじゃろう! ほんにここのほうじ茶粥は美味なのじゃ。とっぴんぐものぅ」
「アリッサの頼んだトッピングは、箸休めにいいね! お代わり、もらっちゃう?」
「たっぷりめで頼みたいの。茶の追加も所望じゃ」
椅子から立ち上がった雪華が扉をノックする。
扉の向こうには人が控えていたらしく、雪華は手早く追加注文を済ませた。
「お茶とトッピングだけだからすぐ来ると思うけど……工芸茶、選ぼうか? アリッサはどれがいいの」
「芍薬かカーネーションで迷っているの」
「ふむ。どちらも華やかじゃしのぅ」
「我は菊と梅の工芸茶じゃな。大ぶりの黄色い菊の中に、梅の花が載っている、お得な工芸茶での。見た目もさることながら味がいいのじゃよ!」
ランディーニは我が道を行く。
何となく老婆が好みそうな組み合わせに感じた。
健康にも良さそうだ。
「じゃ、私はカーネーションにするよ。アリッサは芍薬にすれば? 白もいいけど、やっぱりピンクかな」
「そうね……ピンク色の芍薬にするわ」
「妾は木蓮にしようかと思う。華やかさにかけるが味と香りが秀逸なのじゃよ」
以前飲んだ木蓮の紅茶は大変好きな味だった。
木蓮の工芸茶は初めてなので、是非味見をさせてもらいたい。
「ふふふ。味見したそうな顔じゃのぅ? 勿論茶杯は多めにもらうから安心するといいぞ」
「顔に出ちゃった? じゃあ遠慮なくいただくわね」
写真と見紛うばかりの精緻なイラストを眺めながら工芸茶を選びきったところで、料理長がワゴンを引いてきた。
追加したトッピングとお茶の他にも、何か用意があるようだ。
「工芸茶に合わせた極々軽めのデザートでございます。摘まんでいただけたら光栄ですな」
鉢の中に入っていたのは、豆腐花《トウファ》と芒果布丁《マンゴープリン》。
どちらも口の中ですっと溶けるデザートなので、朝食のあとにはちょうどいい種類で分量だろう。
「美味そうじゃのぅ! 工芸茶がくる前に食べ尽くしそうじゃ!」
「余力があるようでしたら、他にも何かお持ちいたしましょうか?」
「我は月餅を所望する!」
「ランディーニ。月餅は量が多すぎるのでは?」
「うーむ。なれば小さめで頼む」
「ははは。なかなかに健啖家であられる。一口サイズの月餅がございますので、そちらをお持ちいたしましょう」
「それなら妾は馬拉糕《マーラーカオ》を少なめで追加じゃな」
「私は蛋撻《エッグタルト》で!」
朝から食べ過ぎな気がして仕方ないが、皆の視線を浴びてしまっては私も選ぶしかない。
「少なめの愛玉子《オーギョーチィー》をお願いいたします……」
こちらもつるっとぷるるん系。
レモン味なので、食べやすいだろう。
きっとおなかにもたまらない……はず。
「承りました。すぐにお持ちいたしましょう」
恭しく頭を下げた料理長が手早くテーブルの上を片付けて、追加した料理を並べていく。
カメーワのタラノコ煮とニガバナとオニオーンのシラカツーナマリネの他に、サイザーとミドリナの炒め物も並べられる。
一品料理とまではいかないが、薬味よりは多い量だった。
「ふむ。これは甘物・塩物ループをすべく、工芸茶がくるのを待つべきじゃ!」
彩絲が取り分けている横でランディーニが訴える。
「あー朝からそんな危険なループをやっちゃうんだ!」
「食べ過ぎたなら帰宅して寝てもいいしのぅ」
「さすがにそれはノワール殿に怒られるだろうに……」
「そのときはそのときじゃよ!」
一瞬ランディーニの目が泳いだのを私たちは見逃さない。
しかし突っ込みを入れる前に、料理長が工芸茶とデザートを持ってきてくれた。
大きな男性の手が、優雅に工芸茶へ湯を注いでくれる。
私たちは花が開いていく様子を十分に堪能した。