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「いらっしゃいませ三田さま。今日はどのようなものをお探しで……」
モデルルームばりに内装の綺麗な部屋にて、きりっとしたスーツ姿の販売員に接客される。悪くない。こういう、お客様気分を味わえる場所は大切だ。
「ベッドを探していてね。大人二人が眠れるサイズのがいいな」
「かしこまりました。ご案内致します」
販売員皆が、飲み込みが早く、機転が利く。かつ、余計なトークをしない点も含めておれは気に入っている。……やたらと高級なイメージの強い、この家具屋だが。実はそれなりに安いものも販売している。前に、ソファーの前に置くセンターテーブルを買おうとしたとき、一万円台のを紹介されて驚いたことがある。……まあ、いずれきみが住むことになるんだから、イサム・ノグチのにしておいたけどね。
エスカレーターでベッドの置かれるフロアへとむかう。おれはちょこちょこここで買い物をするから……というより、いまある家具のほとんどをこの家具屋で買い揃えた……おれは上流顧客のひとり。未婚で羽振りがよく、ましてやでかいサイズのベッドを買うとなると。このチャンスを彼らが逃すはずがない。 宅には、一人暮らしを始めた頃から愛用しているベッドがあるが。……そろそろ、きみを迎えに行くとなると、準備が必要だろう。
ベッド売場は圧巻だった。見るからに外国製……映画で見るような大きなベッドが20台以上並んでいる。不覚にも築地に並ぶマグロをおれに連想させた。
キングスダウンというブランドのベッドを扱うのは日本ではこの家具屋だけ。日本ではどうにも「ベッドは固いもの」という考え方が支配的であるが、アメリカではベッドは柔らかいのが当たり前だそうだ。
レクチャーを受け、ご丁寧にも靴のまま寝そべられるように、足元に透明なシートの敷かれたベッドに乗る。……と、究極の感触がおれを包み込んだ。
雲の上にいるような寝心地、といううたい文句に嘘偽りはない。いままで使っていたベッドはなんだったんだ……あまりの衝撃に言葉も出ない。背中のカーブにかけてもぴったりフィットして……こんなベッドなら一日中寝ていたい。そう思えるほどだった。
販売員は、ランクの高いベッドから、順番におれに試させた。ランクの低いものは寝心地がいまひとつで。結局おれは上から二番目のランクのベッドにした。
サイズはクイーン。本当はキングサイズがよかったのだが、部屋の間取りからしてクイーンサイズが限界ということだ。巨大なベッドを買っておいて入り口で突っかかるのは珍しくない話だそうな。
それからベッドカバー、枕一式を買い揃えると、ボーナス二回分をゆうに超える金額が飛んだ。まあいい、きみを迎え入れるベッドに金額など関係ないから。
そして、いよいよベッドが届いた。配送を外注する家具屋が殆どであろうが、O家具は、おそらく自社の社員に配送を担当させている。運ばれるさまはなかなか圧巻だった。手際よく運び入れ、不要なベッドを処分してくれる。ひとりでは困難な、ベッドカバーをかける作業までしてくれた。
配送員に礼を言い、見送り、この七畳ばかりの部屋を支配するベッドに横たわる。
「もうすぐだよ莉子……もうすぐおれはきみにここで会える」
笑いが止まらなかった。いつか……ぼくの真の愛に目覚めたきみがここに横たわる……そんな日が来ることをぼくは確信していた。
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