青空の下で、私は新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。とても清々しい。早朝の空気は、まだ誰にも汚されていない感じがするから大好きだ。
「優ちゃんって、朝はいつもニコニコしてるよね。見てるとこっちまで笑顔になっちゃうよ」
私を『優ちゃん』と呼んだその女の子の名前は花園華子。幼稚園からの大切な幼馴染だ。
そんな彼女と肩を並べて、今は学校に向かって歩いている。いつもと同じように軽口を交わしながら。
「え、本当! いやー、照れちゃうなあー」
「うん。ほんとほんと。朝だけだけど(ボソッ)」
「……今、なんか酷いことを言われたような気が」
「気のせい気のせい」
ちなみに、私のフルネームは祖月輪優子。この名字は実のとろこ、あまり好きではない。理由は、全然可愛くないから。乙女らしくないから。もっと女の子らしい名字だったら良かったのにと、いつも思っている。
「華ちゃん、もしかして私のことバカにしてない?」
「え? いや、だってさ。優ちゃんって基本的にバカじゃん?」
「ちょっと待って! ううん、すごく待って! 親友に『バカ』とか言われるとすっごく悲しいんですけど!」
「でも事実は事実だし。それに優ちゃん、どうせ明日には今言ったこと忘れちゃうでしょ?」
「うん、忘れるよ? 当たり前でしょ! あははっ」
「はあー……。なんでかなあ。優ちゃんみたいな人を『残念美人』って言うみたいだけど。もったいない。せっかくこんなに可愛いのに」
「え! 私って、天女みたいで天使みたいに可愛いの? さすがに褒めすぎだってば華ちゃーん」
「言ってないから! 天女とか天使とか!」
「あれ? そうだったっけ。でも、まあいいか。ちなみにさ。『残念美人』ってどういう意味なの?」
「えっとね、優ちゃんみたいな女の子のことをそう呼んだりするの」
「そうなんだ! じゃあ褒め言葉かあ。いやいや、さすがは私! 華ちゃん分かってるねえ。ちょうど最近悩んでたから褒めてもらえて良かったよ」
「褒めてないけど、え? 優ちゃんでも悩みなんかあるの?」
「あるよ! そりゃあるよ! 華ちゃんは幼馴染なんだからそれくらい気付いてよ!」
「気付いてって……。ちなみに今、どんなことで悩んでるの?」
「うんとね、宿題! 全くやってきてないんだよねえ。でもその悩みも吹っ飛んじゃったけど。あははっ!」
「あははって……。その悩み、吹っ飛んじゃダメだと思うんだけど」
「いいのいいの。大丈夫! ぜーんぜん大丈夫! 後で華ちゃんに写させてもらえば万事オッケーだから」
「なんか、優ちゃんって小学生の頃から全然成長してないよね……? 私達ももう高校生になったんだからさ、もう少ししっかりしなよ?」
「しっかり者の私がこれ以上しっかりしちゃったら大変なことになると思うんだけど」
華ちゃんは「はあー……」と深く溜め息をついた。
「あのさ、優ちゃん。宿題は写させないからね。ちゃんと自分でやらないと本当にバカになっちゃうよ?」
「ほ、本当のバカに?」
「そう。まあ、もしかしたらもう手遅れかもしれないけど」
幼馴染にここまで言われると、さすがにちょっとショックなんですけど。しかも全然成長してないとか言われちゃったし。
が、しかし。この優ちゃんを甘く見ちゃいけませんな。
「ちゃんと成長してるもん! ほら!」
言って、私は胸を張って華ちゃんに成長をアピール。どうだ見たか!
「優ちゃん……現実を見ようよ。ペッタンコじゃん」
「ぺ、ペッタンコ!? いやいや、よく見てよ! 昨日測ったら大きくなってたし! 0,3センチ大きく成長してたし!」
「それ、ただの誤差だと思うんですけど……」
「誤差じゃないもん! 昨日しっかり測ったもん!」
「しっかり、ねえ。というかさ、優ちゃん。女子なんだから胸をそうやって張って見せたりするのやめなよ? 少しは恥じらおうよ。どうせ張って見せるだけの胸なんかないんだし」
「酷っ! 現実を突きつけないでよ! まあ、私の気持ちなんて、胸の大きな華ちゃんには分からないでしょうよ。今は何カップ? Eカップ? それともFカップ? エスカップ?」
「今さ、最後に言ったやつ、なんかニュアンス的にあの栄養剤のことみたいに聞こえたんだけど……」
「ん? 気のせいだよ?」
「そ、そうなんだ。まあ、それはいいや。というかさ! 優ちゃん私の胸見すぎだから!」
「いいじゃん、減るもんじゃなし。とりあえず触らせて! そして揉ませて! もしかしたらご利益があるかもしれないから」
ガクリと肩を落として華ちゃんは「はあ……」と、また溜め息をひとつ。
「お願いだからもう少し成長してよ、優ちゃん……」
「だから成長してるってさっき――」
「胸の話じゃなくて! 私が言ってるのは性格の話! そんなんじゃ、いつまで経っても彼氏なんてできない」
「大丈夫! もうすぐ私の元に白馬に乗った王子様がやってくるんだから! 迎えに来てくれるんだから! あー、楽しみだなあ。うふふ」
「はあ……また始まった。相変わらず、優ちゃんの頭の中ってお花畑だよね。いや、ちょっと違うのかな。お花畑って言うよりも妄想癖ってやつなのかな」
「も、妄想癖!?」
そして華ちゃんはポンと私の肩に手を置いた。
「優ちゃん。現実、見ようよ」
ええ……。そんな真面目なトーンで言われちゃうと、さすがにちょっと落ち込むなあ。
でも、私は知ってる。今は酷いことを言ったりしてきてるけど、華ちゃんはいつも私のことを心配してくれる優しい人だっていうことを。幼馴染だから感じるの。長い付き合いだもん。幼馴染でもあり、私が一番信頼してる親友。それが花園華子。
「そういえばさ。優ちゃんっていつも『白馬に乗った王子様』だとか言ってるけど、好きな男子のタイプとかいるの?」
「もちろんいるよー。って、話したことなかったっけ?」
「うん、聞いたことないなあって今さら思って。ねえねえ、一体どんな人がタイプなのよ? 誰にも言わないから教えてよー」
さすがは女子。恋バナの話になると夢中になっちゃうんだ。すっごくニヤニヤしてる。いつもの華ちゃんらしくなく目までキラキラしてる。
「えーとねえ、まず髪の毛の色は黒い方がいいかなあ。ちょっと長めに伸ばしてたりすると、もうサイコー。あと、優しい人がいいんだけど、少し陰のある人に魅力を感じちゃうかなあ。あ、もちろん顔はイケメンね」
「へえー、そうなんだ。なんかそれ、黒宮先輩みたいだね」
「黒宮、先輩……?」
「え? もしかして優ちゃん、知らないの? 黒宮先輩のこと」
「う、うん。初めて聞いた。どんな人なの?」
その質問に、華ちゃんは顎に手を当て、何かを考える。どうしたんだろ? そんなに言いづらいことなのかな?
「うん、なんでもない。ほら、言霊ってよく言うじゃない? だから私、あんまり人のことを悪く言ったりしたくないんだよね」
「悪く……言う?」
なんだか余計に興味を持っちゃった。黒宮先輩か。どんな人なのか一度でいいから会ってみたい。
と、思ってたら。
「あ! 優ちゃん! 走ろう! このままじゃ遅刻しちゃうかも!」
「え!? ち、遅刻!? ごめんね華ちゃん、私の話で歩くの止めちゃって! うん、急ごう! 遅刻なんてしたら、男子によくない印象を持たれちゃう! もしクラスメイトの中に王子様がいたら一大事だよ!」
「いや、別にそんなこと私は気にしてないんだけど……。って、いいから急ごう! あ、それと一応言っておくね。優ちゃんはもうすでに手遅れだから! クラスの男子全員から『変な奴』って思われてるから! だから安心して!」
「嘘でしょ!? って、そんな重大な事実、今言わないでよーー!!」
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