テラーノベル
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夫婦の寝室。
「ソフィア。今日も頼む」
「お断りします!」
「なぜだ!」
「なぜだ、ではありませんわ。毎日毎日、私のお腹を触りすぎですわ!」
心底不服そうに眉根を寄せる。
「そろそろ胎動が分かる頃なのだろう?」
「だからといって、一日中待っていたところで、こればかりは赤ちゃんの気分次第ですわよ!」
そもそもの始まりは、数日前。
狩猟大会から無事に戻ってきたカイル殿下が、『褒美をくれ』なんて言い出したから。私はてっきり、もっとこう……別のことを要求されるのかと思って、ちょっと警戒していた。ところが――。
『腹に触らせてくれ』
『……はい?』
『そろそろ胎動が分かる頃なのだろう?』
『まあ……最近、たまにお腹の中で何かが動いたような気はしますけれど』
『なぜそれをもっと早く言わない!』
『はあ!?』
『俺が一番に感じたい』
(ご褒美って、それ!?)
――以来。
こうして毎日のように私のお腹へ手を当てては、胎動を待ち続けているのだ。
「……仕方ありませんわね」
「本当か?」
ぱっと顔が明るくなる。ベッドへ横になり、ネグリジェ越しにお腹へ手を当てた。
「この辺ですわ」
すぐ隣へ腰を下ろし、そっとお腹へ手を重ねる。真剣すぎる顔だ。
「ちょっと、くすぐったいんですけど……」
「静かにしろ。今、集中している」
数秒。さらに数十秒。
「……まだ動かないのか?」
「赤ちゃんに聞いてくださいませ」
至極真面目な顔で、私のお腹をじっと見つめる。
「……聞こえているか。父だ。動いてみろ」
「赤ちゃんに命令しないでくださいませ!!」
(はあ、まったく……)
その時だった。
「……あ」
「どうした?」
お腹の中で、小さく何かが動いた。次の瞬間――。
ぽこん。
「…………!」
お腹に置かれていた大きな手が、ぴたりと止まる。
「今……」
「動きましたわね」
「今のが胎動か!?」
「ええ」
瞳が、ぱっと輝いた。
「もう一度だ!」
「無茶を仰らないでくださいませ!」
「頼む」
「私に頼まれても困りますわよ!」
それでも、お腹から手を離そうとしない。
「おい、聞こえているか? ……もう一度、動かないか?」
私のお腹を慈しむように触れ、目を細めるカイル殿下を見ていると、思わず笑ってしまった。
(……本当に、変わったわね)
***
そんな穏やかな時間の一方で――。オルディス帝国もまた、大きく動き始めていた。
皇室は、長年隠されてきた記録を正式に公開した。先帝が境界守の警告を無視して魔石の採掘を強行し、その結果、十年前の魔物災害を引き起こしたこと。さらに責任を隠すため、本来は境界を守っていた一族へ罪を着せ、『黒魔法師』として討伐したこと。
そして――聖女シェリーがその一族の生き残りであり、反逆を企んでいたヴァンクロフト公爵と手を組んでいたことも明らかにされた。
『十年前の大災害は皇室の責任だったのか!?』
『石鹸に瘴気が仕込まれていたなんて! 皇室が支援する聖女だと信じていたのに!』
真相が広まるにつれ、帝国中から皇室への批判が噴き出した。
けれど――皇帝陛下とカイル殿下は逃げず、批判の矢面に立ち続けた。関連資料を公開し、議会による調査も受け入れた。汚染された石鹸は回収され、被害者への治療や生活補償も、皇室が負担することになった。
こうして――隠されていた過去と向き合いながら、帝国は少しずつ変わり始めていた。
***
「十年前の魔物災害で被害を受けた地域について、報告があるっす」
会議の席で、ギルバートが報告書を差し出した。
「境界守の傍系にあたる一族も、何家か見つかりました。ただ……かなり厳しい状況みたいっすね」
報告書へ目を落とす。
その土地は、十年前の災害で多くの建物や畑を失った。さらに――。
『黒魔法師が暮らしていた、呪われた土地』
そんな噂が広まり、商会や工房まで寄りつかなくなったという。復興から取り残され、今では災害を生き延びた住民と、境界守の傍系一族が細々と暮らしていた。
「境界守の傍系は、『黒魔法師の血筋』ってだけで仕事に就けない。学校へ通えない子どももいるみたいっすね」
「一時金による補償案が出ています」
書記官が資料を差し出した。カイル殿下が目を通す。
「一般的な方法ではあるな。ほかに案は?」
「ありますわ」
私はすぐに手を挙げた。会議室中の視線が、一斉にこちらへ集まる。
「金銭を配って終わりでは、何も変わりません」
立ち上がり、地図の一角を指差す。
「この地域を――産業誘致特区にすることを提案しますわ!」
コメント
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第66話、読ませていただきました。夫婦の寝室で胎動を待ちわびるカイル殿下の「聞こえているか。父だ。動いてみろ」に思わず声が出そうになりました(笑)。陛下の真剣すぎる姿とソフィアの絶妙なツッコミ、この緩急が本当に好きです。そして後半、帝国の隠蔽が明るみに出て、ソフィアが「産業誘致特区」を提案するところで終わる展開——これは大きなうねりの予感がしますね。お腹の小さな胎動と帝国の胎動、両方が描かれている構成が巧みだなあと感じました。続きが気になります!
世羅 鈴🎨🎤
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花月夜れん
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ひより
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#ロマンスファンタジー
Jasmine
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