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#ロマンスファンタジー
Jasmine
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「いくら土地を整備したところで、商会や工房を誘致することなど不可能なのでは?」
すぐさま声が上がった。
「そうですぞ!」
別の貴族も続く。
「『黒魔法師が暮らしていた、呪われた土地』――その噂はいまだ根強い。そんな場所で商売を始めたがる者など……」
「いる」
カイル殿下の声が、会議室のざわめきを遮った。
「すでに、移転の意向を示している工房がある」
「なっ……」
「どこの工房です!?」
「ミモザ石鹸工房だ」
「……え?」
***
数日前――。皇宮の応接室。
「本日は、このような場を設けていただき、ありがとうございます」
ミモザ石鹸工房の代表が、緊張した面持ちで頭を下げた。慣れない礼服が落ち着かないのか、何度も窮屈そうな襟元を気にしている。
「あの……殿下、妃殿下。まず一つだけ、申し上げてもよろしいでしょうか」
「ええ」
「あの石鹸に瘴気を入れたのは、断じて我々ではありません。それだけは……どうか信じていただきたいのです」
「分かっている」
隣に座るカイル殿下が即答した。
「調査の結果、瘴気が混入されたのは神殿へ納品された後だと判明している。その事実もすでに公表した」
「……ありがとうございます」
それでも、代表の表情は晴れない。
「まだ、風評被害が?」
「はい。『病人を出した石鹸だ』と、取引を断られることも多々ありまして……」
それだけではない。
工房は以前から水害に悩まされ、数か月前にも長期間の操業停止に追い込まれていた。
「移転を考えたことは?」
「何度も……。ですが、土地も建物も一から揃えるとなれば……うちのような工房には、とても」
「でしたら――」
私はテーブルの上に地図を広げた。
「こちらへ移転するのはいかがでしょう?」
「……ここは」
代表の表情が強張る。十年前の魔物災害で被害を受けた地域。そして今も――。
『黒魔法師が暮らしていた、呪われた土地』
そう噂されている場所だ。
「恐れながら、妃殿下。私は呪いなぞ信じておりません。ただ……商売となれば話は別です。客が嫌がれば商品は売れません。職人たちにも、養わなければならない家族がいますから……」
「もっともですわ」
私は頷いた。
「その点については、大神官による現地調査を行いました。瘴気や呪術の痕跡はなく、土も水も問題ありません。その結果は皇室から正式に公表します。それに――」
地図の一角を指差した。
「復興計画が承認されれば、この地域を産業誘致特区として整備する予定です」
「産業誘致特区……?」
「事業用の土地を安く貸し出し、移転費用も一部助成します。道路も整備しますし、製造に必要な水源を確保できる場所もすでに選定しています」
代表は驚いたように地図を見つめた。
「もちろん、一つだけ条件がありますわ」
「条件?」
「現地の住民を、積極的に雇用していただきたいのです」
「住民を……?」
「ええ」
しばらく沈黙が落ちる。やがて代表が、ぽつりと尋ねた。
「……これは、我々への救済なのでしょうか?」
「いいえ」
首を横に振った。
「投資ですわ」
「投資……?」
「あなた方には、新しい土地でこれまで以上に質の高い石鹸を作っていただく。現地には仕事が生まれる」
私は微笑んだ。
「お互いに利があるでしょう?」
そこでカイル殿下が口を開いた。
「今すぐ決める必要はない。現地を見てから判断してもらって構わない」
「……分かりました」
代表は顔を上げた。
「一度、現地を見せていただけますでしょうか」
「ああ」
***
「――その後、ミモザ石鹸工房は現地を視察した」
カイル殿下の声が、会議室に響く。
「水質や土地の状態を確認した上で、計画が承認されれば移転したいとの正式な返答を受けた」
会議室がざわめく。
「本当に……あの土地へ?」
「ああ。それだけではない」
手元の書類を掲げる。
「現地調査の結果と特区構想を公表したところ、今朝までに複数の商会や工房から問い合わせが来ている」
「なっ……」
先ほどまで反対していた貴族たちが、言葉を失った。
「まだ何か、懸念がある者はいるか?」
誰も手を挙げなかった。その後の審議が進み――復興計画と産業誘致特区の設置は、正式に承認された。
「では、私からもう一つ」
手を挙げる。
「この地域には、学校や診療所も不足しています。産業誘致とあわせて、境界守の傍系も含め、誰もが学び、治療を受けられる環境を整えたいと考えていますわ」
「となると、学校や診療所の新設にも、かなりの予算が必要ですな」
「その点でしたら、ご心配なく」
にっこりと微笑んだ。
「建設費なら、かなり抑えられますわ」
そして――ギルバートへ視線を向ける。
ビクッ!
肩が跳ね上がった。
「あら。ずいぶんと勘がいいわね」
「……めちゃくちゃ嫌な予感しかしないんすけど!?」
「皇室騎士団の皆さまにも、少々お力添えをいただければと」
「ええええええええっ!?」
悲鳴が会議室に響いた。
「ちょ、殿下!? また俺たちを土木工事に駆り出す気なんすか!?」
「ああ」
カイル殿下は平然と頷いた。
「俺が許可した」
「もう許可済みなんすか!?」
「安心なさい。今回は前より、ほんの少し規模が大きいだけよ」
「それ、全然安心できないっすよぉぉぉ!!」
コメント
1件
読了!この回、めちゃくちゃ良かった…! 救済じゃなくて投資って言い切る妃殿下、マジでかっこよすぎる。「お互いに利がある」って利害をちゃんと整理して動くスタイル、この作品の好きなとこだわ。ミモザ工房への寄り添い方も優しいし、ギルバートがまた巻き込まれてて笑った(「もう許可済み」は草)。 特区構想の展開、めっちゃワクワクした!学校や診療所の話にも期待🔥