コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
今は何時かな?
ベッドの中でトイレに行きたくなった。隣の丸椅子で座ったまま寝ている丸っこい母さんを一人残して、ぼくは床のスリッパを履いた。
窓の外は真っ暗で、時々悲しそうな風の音が聞こえてくる。
点滴の針を腕に刺したまま廊下へと歩くと、階下からの人の話し声が聞こえた。
ぼくは何故か胸騒ぎがして、静かに歩いてこの診療所に一つしかない階段に近いていった。
「もう。あの子を襲うのは止めてくれ」
「そうじゃな……」
一人は村田さんのテープレコーダーのような話し声だ。
襲うのは止めてくれと言っているのだし、ぼくは緊張して耳をすまして尿意でソワソワした。
「ほれほれ。ほれほれ」
もう一人の声は解らない。
男性の声で、何かを被っているようなくぐもった声がする。
その声を聞くと、なんだか人間じゃないみたいだ。まるで人形が喋っているみたいに生気がまったく感じられない硬質な声だった。
ぼくはその声音にゾクリと背中が寒くなった。
怖くて仕方ない。尿意が大波になって襲ってきた。
堪らなくなって、トイレに急ごうとしたら、階下の声が急に途切れた。
ぼくは「しまった!」と心の中で叫んだ。階下を覗くと二人の足音が二階に上がってきた。
ゆっくりゆっくりだけれど、ぼくは急いでこの階のトイレに向かった。
トイレは階段の近くだし、鍵を閉めれば大丈夫だとその時は思った。
「ほれほれ。ほれほれ」
人形のような硬質な声が階段を上ってきた。ぼくは一気に点滴を持ってトイレへ走った。
トイレの中も当然真っ暗だった。
木製のドアを閉めて鍵を掛ける。
カチッとドアノブに付いた鍵の音が、心細く廊下に鳴り響く。
廊下が静かになった。
これからどうしよう?
村田先生も事件に関係しているんだ。
そして、もう一人の男性も。
一体、この事件はなんなのだろう?
大勢の人たちがおかしくなっている。
それも、ぼくの周りで。
ぼくは朝までトイレの中に閉じこもる決心をした。
「ほれほれ、ほれほれ、母親は? どうなるか?」
ぼくはドア越しに硬質な声を聞いて、急に全身から冷や汗が流れた。
「止めてくれ! もうたくさんだ!」