村田先生のテープレコーダーのような声は壊れて鳴った。
「私は歩くんを助ける! もういいはずだ! こんなことは! 」
村田先生が泣いていた。
嗚咽がドア越しから漏れでる。もう一人の人形のような声の男が後ろを振り返る気配がした。
ぼくの心臓はドクドクと大きな音を立て脈打っている。
額の汗を拭いながら張り詰めた緊張感が真っ暗なトイレを支配した。
呼吸が苦しくなりだして、目が閉じられない。
普通。こんな時は目を閉じるはずなのに、ぼくは母さんの事が心配だった。
怖くて仕方がないけど、ぼくは裏の畑の子供たちのことを思って勇気を振り絞る。
「そうじゃな……。儂は村のためにしか動かん」
人形のような声が急に途切れた。
ぼくは脱力して床の上に盛大に漏らした。
足音が遠ざかる。
翌朝。
ドアを激しくノックする音と、母さんの叫び声で目が覚めた。
「歩! 歩! ここにいるんでしょ! どうしたの! 具合悪いの!? 早く出てきて!」
そうだ。ぼくはトイレの中で、寝ていたんだ。
ゆっくり起き上がると、白い患者服の下半身には大きなシミが窓からの明かりで見える。蒸し暑い太陽光のお陰で、狭いトイレを見回せた。
水洗式のトイレが一つだけある。
ピンク色の内装で女の子用だとわかった。
ぼくは恥ずかしくなって、ドアノブの鍵を開けると、母さんが飛び込んできた。
「もう! 心配したのよ! ベッドにいないし! 朝から村田先生と探したんだからね! 大丈夫よね?!」
「大丈夫だよ……。ちょっと、夜中にトイレへ行ってそのまま寝てしまったんだ。そういえば、鍵を掛けたままで……。ごめん」
少しは元に戻った丸っこい母さんは、ぼくの頭を撫でながら、階下に連れようとした。村田先生に再び会うけど、あまり気にしない。
助けてくれたことには感謝するけど、相手は殺人犯の仲間なんだ。
母さんが一階の診察室のドアを軽くノックた。
「やあ、中へ入って 。診療時間までまだある」
村田先生の陽気な声がした。
ぼくは良い子の体裁をして、母さんと中へ入ると、村田先生は至って上機嫌に話し出した。
「歩君。具合はどうだい?」
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