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錆びついた倉庫から誘拐犯のニュースは一週間ほど街を騒がせた。しかし、警察の捜査が進展しない中で話題は次第に薄れ、人々の関心は日常に戻っていった。
だが、倉庫近くの一軒家に住む大学生、三上翔だけは、何かがおかしいと感じていた。
「おかしいんだ、あの日からずっと寒気がする。」
翔は友人の楓にそう打ち明けた。
「寒気? 冷房の設定が低すぎるんじゃないの?」
楓は冗談めかして笑ったが、翔は真剣な顔のままだった。
「いや、本当に変なんだ。倉庫の近くを通るたびに、誰かに見られているような気がする。それに……あの鈴の音。」
「鈴の音?」
楓が首をかしげる。
翔は深く息を吸い、語り始めた。
「あの日、倉庫の前を通ったんだ。警察の前の夜だった。そこから…鈴の音が聞こえてきたんだよ。誰もいないのに、だ。」
「……怖い話とかじゃないよね?」
楓は顔をしかめたが、翔は続けた。
「その後、近くにいたロリータを見たんだ。彼女がじっと見ていて、ポケットから鈴を取り出して振った。」
楓は少し黙り込んだ。
「ねぇ、翔。それって……あの誘拐事件の被害者の女の子じゃないの?」
翔は驚いて楓を見た。
「そういえば……同じ子だ。でも、変なんだよ。普通、誘拐されてた子供ってもっと……こう、怯えてたりするだろ?」
翔と楓は真相を確かめるため、夜の倉庫へ向かうことを決めた。小さな懐中電灯を手に、錆びた鉄の扉を慎重に開けると、冷たい空気が一気に押し寄せた。
「……やっぱり寒いな。」
翔は背筋を震わせながら中を進む。
「翔、あそこ!」
楓が指差した先には、小さな黒い鈴が置かれていた。それは誘拐犯が消えた場所だ。
「これが……?」
翔が鈴に手を伸ばそうとした瞬間、辺りに再びあのカリッ、カリッという音が響き渡った。
「ちょ、ちょっと、何これ……?」
楓が後ずさる。その音は、何か硬いものが床を引きずるような音だった。
そして、暗闇の中から“影”が現れた。形を変えながら倉庫全体を覆い尽くすように広がり、やがて翔たちの方へゆっくりと迫ってきた。
「逃げるぞ!」
翔は楓の手を掴み、出口に向かって走る。しかし、扉は再び開かない。
「鈴の音を鳴らして。」
突然、少女の声が響いた。翔が振り返ると、そこには例の少女が立っていた。
「お前……!」
翔が鈴に目を向けると、少女は微笑みながら言った。
「それを鳴らせば助かるよ。でも、一度鳴らしたら――」
「どうなるんだ?」
翔が叫ぶように問うと、少女の微笑みが深まる。
「もう戻れないの。」
翔は迷った末、鈴を強く振った。その瞬間、影が大きく膨れ上がり、彼らを包み込む。楓の悲鳴が響いたが、それはすぐに静寂に飲み込まれた。
気がつくと、翔は見知らぬ風景の中にいた。目の前には赤黒い空と、不気味な建物群が広がっていた。隣には楓の姿はない。
そして、その異世界の入り口に立つ少女が、再び微笑んだ。
「ようこそ、神隠しの世界へ。」
その声はどこか嬉しそうで、しかし絶望的だった。翔の新たな悪夢が始まろうとしていた。