時計の針は、20時を少しまわった辺りだったろうか。
校門前に集合した私たちは、おのおの顔を見合わせて、最後の確認を行った。
「まずは、部室棟だよね?」
「うん。 あの娘が実際に会った場所だからね」
「そこに居なかったら、歩き回る感じだよな? 学校んなか」
「お化け……、こわぁ」
セオリーとして、まずは目撃情報があった場所を当たるのが鉄板だろう。
もちろん、件のお化けとやらが、一処に止まっていない可能性もある。 その場合は地道な作業になるが、しかし闇雲に歩き回るのは避けたほうが良い。
「そう。 順路は見取り図に書いてあるから」
「……この見取り図ホントすごいよね? 千妃ちゃんなんでこんなの持ってんの?」
「そりゃお前、コイツ色々やらかー……しはしないけど、なぁ?」
かつては当直の教員が、ひと昔前は機械警備が目を光らせた夜の学校も、今や出入りの自由度で言えば真昼と何ら変わらない。
犯罪のない当世にあって、備品が破壊・窃盗される恐れはなく、セキュリティについてはザルもいいところだ。
ただし、不慮の事故に対してはその限りでない。
常時開放している屋上に、例えば天体観測の名義で訪れた生徒がいるとする。
夜の学校という、学生たちにとっては身近な非日常だ。
そこに気心の知れた仲間が集えば尚さら、あらぬテンションに駆られ、とんだ災難に見舞われる可能性が無きにしもあらずだろう。
そういった事故を防止するための対策は、現在でも万全に機能していると考えて間違いない。
ものは一般的な監視カメラに、他には恐らく画像センサーか。
映像の認識技術によって、対象の行動が平時のものか、異常なものか識別している可能性が高い。
「この道順で行けば、引っ掛からないってこと? そのセンサーに」
「うん。 不審なところは無いはず」
「まず部室棟行って? 外階段か」
「お化け……怖い……」
今回、私たちが装うのは文芸部のロケハン係だ。
夜の学校を舞台にした作品を一本仕立てたいので、取材させて欲しい。 そういった旨を、学校側に提出してある。
「あの娘、同級生だったんだね?」
「うん!副部長さんだよ? 文芸部の」
「リボン見りゃ分かんだろ? 俺も気づかんかったけど」
ゆえに、私たちの肩書きは現在、文芸部の臨時部員という扱いだ。
帰宅部の私からすると、一時とはいえ特定の所属に身を固めるのは些か。
息苦しいとは言わないが、何となく面映い。
『このまま入っちゃえば? 文芸部』
『ん……、考えとく』
先頃、天野商店で行われた作戦会議の一幕を思い返す。
これも一つの安請け合いと呼べるか。と言うよりは、問題の先延ばしに近い。
そういう辺り、私という人間は割合に横着な性質なのかも知れない。
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
「うん……。よし!」
「おっしゃ!」
「ふひひ………。オバケ……」
「ほのっち、ちょっと落ち着いて」
私たち三名の他にもう一名、本日は引率というか、保護者と言うべきか。 頼りになる同伴者がいる。
真偽の程は定かでないが、お化けとやらが本物だったとして、根本的な解決にはそれに準じた人員が要る。
この申し出を、彼女は二つ返事で快諾してくれた。
本当に快く応じてくれた。
「変なこと訊くけどさ?」
「はい?」
「お化け、本当に怖いんだよね? ほのっち」
「そりゃもう! 破茶滅茶に怖いですよ!」
「そっか………。なんかゴメンね?」
どう見ても、怖がっているテンションじゃない。
しかし、ここに至って不安を覚えても仕様がない。
視線を上げて、すっかりと宵闇に塗れた校舎の様子を観察する。
所々に非常灯の明かりこそ散見されるものの、もはや真闇と言っても差し支えはない。
昼間の喧騒は疾うに無く、うす気味悪い静けさがあちこちに蔓延るのみだった。
鬱々とした大気が、まるで私たちの進入を拒むように、重く重く纏わりついてくるような錯覚がした。
家々の灯りは、どこまでも無関心に皓々としていたが、団欒の声がここまで届くことはない。
「よし、じゃあ」
「ん………!」
「行きましょー!」
腹を括った私たちは、それぞれの思いを胸に夜の校門を潜った。
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