我が校の棟舎は、真上から見るとちょうど“日”の字型をしており、お目当ての部室棟は、筆順で言えば書き出しの一画目の位置に該当する。
正門から入った場合、左手の方角だ。
「おっと……?」
校舎内に足を踏み入れると、さすがに空気が変わった。
東西に伸びる廊下は、鈍重な静けさと暗闇に満たされている。
懐中電灯を点してみるも、胸中の不安を払拭するには至らず。 暗がりの向こうから、いきなり何かが飛び出してきそうな予感がした。
私たち三名は、特に変哲のないスニーカー。 ほのっちは軽快なサンダル履きだ。
にも関わらず、信じられないほど大きな足音がぱつんぱつんと反響する。
窓を閉めきった廊下は、空気がどんよりと濁っている印象で、決して居心地の良いものではなかった。
「けどさ? “ひめさま”だっけ? その声が呼んでたのって」
「ひぇ……っ!?」
緊張を紛らわす目的だとは思うが、こういった状況下ではタブーとも言える話題を、幸介が臆面もなく持ち出した。
珠衣の肩がビクリと跳ね上がる。
その模様が可笑しかったので、申し訳ないとは思いつつ、ここは乗っかることにする。
「アレかな……? ひょっとすると、この場所に城でもあったのかな? むかし」
もちろん、そんな事実はない。
「へぁ……? なんでお城?」
「え?」
あまり反応が思わしくなかったので、もう少し具体的な言葉をつかって述べることにする。
「ほら、お城があったらさ? 戦もあるでしょ?」
「え? うん……。 あ、そかそか!戦国時代って、そんな感じだよね? 怖いよね……?」
となりを歩む彼女は、わずかに小首を傾げた後、ゆったりと頷いてみせた。
狙い目を逃さず、畳み掛ける。
「そう……。その戦の中でさ? たとえば非業の──」
「ほぉうっ!? ストップストップ! それ以上はダメだってば!!」
打てば響くとはまさにこの事か。期待通りの反応を示してくれた。さすがタマちゃん。かわいい。
そこに、こちらの魂胆を知ってか知らずか、幸介がさらなる追い打ちをかけた。
「あーぁ! そんで“姫さま”かー? なるほどなぁ!」
頻りに点頭しつつ、無自覚に恐ろしいことを言う。
「……じゃあ、まだ探してんのかもな? そのお姫さまをさ? いまも、ずっと」
「ほぉぅあぁ!!!?」
「おぅ………」
さすがの私も、これには鳥肌が立った。
こういった会話で主語を省かれると、非常に怖い。
“なに”が、その姫さまとやらを探しているのか?
いまもなおこの場所に留まり、目当ての人物を探し回っているのは、いったい“何”なのか?
あるいは、目的だ。
その“なにか”は、何のために姫さまを探しているのか。
いったい、どのような目的があってのことなのか。
そういった余計な想像をかき立ててくれる。
「ストップ! その話はマズいって!! いま!」
「なに言ってんだよ? いまだから良いんじゃんか。 なぁ?」
「まぁなー………」
“ホラー”とは、ひとつの様式美だ。
登場人物よりも、むしろ背景が重要になってくる。
作品の舞台や雰囲気。 それがきちんと整ってこそ、“ホラー”は真価は発揮する。
視聴者に強烈な感情移入を促し、あたかも登場人物の一員であるかのような錯覚を突きつけるわけだ。
「……その姫さまってヒトも、ここにいるのかな? まだ」
「んひ……っ!?」
ともすれば───
“夜の学校”
“まことしやかに囁かれるお化けの噂”
ここまで背景が整った現状では、気軽な話題とて、実情以上の恐怖を齎してくれる。
何より、私たちは実際に、こうしてお化けの正体を調査している最中なのだ。
感情移入どころの騒ぎじゃない。
紛れもなく、自分たちはこの怪奇譚の登場人物なのだった。
ただし、一名を除いて。
「戦国時代かー。懐かしいなぁ……」
やはり、彼女だけはこの場にあってもなお、ジャンルが違うような気がしてならなかった。
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