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二階の部屋で寝る支度をしながら、葉月はふぅっと深呼吸した。窓の外に広がる真っ黒の森を見て、小さく身震いする。怖くないと言えば、嘘になる。目指す洞窟までの距離を考えると、気が遠くなりそうだった。例え整備された道だったとしても、一日で歩ける距離じゃないのに、森の中の道なき道を進んでいくことになるのだ。


「大丈夫」


言い聞かせるように呟く。ベルも居るし、くーも居るから獣に襲われて怪我するようなことは無いだろう。歩きにくくて、暗いだけだ。野宿なんてしたことは無いけれど、ちゃんと準備していけば問題ない。


「みゃーん」


足にまとわりつきながら、白黒の猫は心配そうに葉月の顔を見上げていた。手を伸ばして抱き上げると、小さな頭を頬に押し付けてくる。長い髭が首筋に擦って、くすぐったい。


「うん、大丈夫だよね」


愛猫が目的を持って来たのだから、飼い主である葉月には最後までちゃんと付き合ってあげる義務がある。



翌朝、朝食の席に着いた葉月を見て、ベルは慌てて作業部屋に戻った。眠れなかったのが丸分かりな疲れ目と顔色に、濃いめの薬草茶が必要だと判断したからだ。安眠効果のある薬草をいつもよりも多めに入れたから、これを飲めば少しは眠れるはずだ。


「飲んでから、もう一度寝なさい」

「ううん、大丈夫」


首を振って元気だとアピールしているけれど、充血した目で言われても説得力がない。元々から思い詰めると眠れなくなる性格なのは分かっていたけれど、今朝はいつに増しても酷かった。


「くーちゃんが、ちゃんと見張っててね」

「みゃーん」


先にソファーを陣取って、入念な毛づくろいをしていた猫に声を掛ける。ベルが言って聞かなくても、くーにベッドへ誘われたら大人しく従うはずだ。


「森にはまだ入らないから、今はちゃんと寝なさい」


野宿覚悟の探索だから、昨日の今日では出発できない。必要な物が揃うまでは体調管理が第一だ。今の葉月ではまともに魔法を行使できるかもあやしい。


熱めに淹れた薬草茶を、葉月は息を吹きかけて冷ましながら口に含むと、身体が落ち着いていくのを感じた。じんわりとお腹の中から温まって、徐々に緊張が解けていく。


昨晩はベッドの中でいろいろ考え過ぎて、外が明るくなるまで眠れずにいた。不安な時や、気合いが入り過ぎた時は、決まって寝つきが悪くなる。そんな葉月の性格をベルは早い内から見抜いていたようで、リラックス効果のある薬草茶を淹れてくれることが多かった。


少し前に館の裏で薬草を採取した時にも、安眠や誘眠効果のある物を摘んでいたので、今回のお茶にはそれらが使われているのだろう。ベル一人で飲むには必要のない薬草だったが、思い詰めやすい葉月にはぴったりだ。


お茶を飲み干してから渋々と階段を上って行く葉月の後ろには、ちゃんと猫が付いて歩いていた。飼い主に便乗しての二度寝なのだろうが、一緒に居てくれるだけで安心感は随分と違うだろう。


一人と一匹の微笑ましい後ろ姿に、ベルはふふふ。と笑った。勿論、ベル自身も全く不安が無いわけじゃなかった。本邸と別邸でしか暮らしたことが無い彼女もこれまでに野宿なんてした経験は無い。けれど、何となくどんな環境でも眠れる自信だけはあった。なんせ、ゴミ屋敷で平然と生活していた魔女なのだから。


ホールの壁面に設置された棚の前に立つと、ベルはたくさんの書物の中から旅に関する物を数冊抜き取り、ソファーへ腰掛けてページを捲った。パラパラと読み進めながら、時折はメモを取っていく。書いているのは、街で調達してきてもらう物のリスト。


「何だか、重そうね」


書き終わったメモを見ながら、首を傾げる。全部を持って行こうと思ったら屈強な荷物持ちを連れていかないといけなさそうだ。女二人と猫一匹ではどう考えても持ち切れない。


ずっと首を傾げたまま唸っていると、マーサが後ろから覗き込んで呆れたように告げた。


「お嬢様達に、飲み水なんて要らないですよね?」

「あら、そうだったわね」


さすが、マーサ! と、ベルはおかしそうに笑った。水なんて、魔法でいくらでも出せる。ということはと火起こしに必要な道具類もリストから消していく。魔獣除けすら必要ない。


「一体、何日、出掛けられるつもりなんですか?」


ベルの手からリストを奪うと、マーサは一つ一つに目を通した。そもそも、彼女が参考にと読んでいた本は、国を跨いで何年も旅した人が記した旅行記だ。参考にしていいレベルではない。


「そうねぇ、長くても二泊くらいかしら。それ以上はもたないわ」


もたないのは、主に葉月の体力だろう。あの少女に野宿は向いていない。薬草で何とかできるのは、その辺りが限界だ。


「なら、こちらとこちらも不要ですわ。あと、こちらも」


ベルからリストだけでなくペンも奪い取って、マーサが次々にリストの品名を削除していく。別に到着を急いでないのなら、目的地までの途中でも一旦戻って来ればいいのだ。こんなに食料も必要ないと、バッサリと切り捨てられた。


「マーサ、旅の経験があるの?」

「ありませんが、これは常識の範囲ですわ」


常識的な世話係のおかげで、街への取り寄せリストは無事に完成した。

猫とゴミ屋敷の魔女 ~愛猫が実は異世界の聖獣だった~

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