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王都からの調査団が到着したという連絡を受けた時、ジョセフは自身の執務室で頭を抱えていた。
秘書兼護衛のアロンは自分の席から勝手に目に入ってくる光景に、「ああ、またか」と呆れ顔で溜息をついた。こういう時は声も掛けず知らん顔をしておくのが正解だ。
シュコールでの調査が終わって自領へ戻ってすぐ、ジョセフは護衛を引き連れて森の別邸へアナベルに会いに行った。今回の不正流出事件は愛しい従姉妹に会える機会を何度も作ってくれた。あまり良からぬ考えだとは思うが、彼にとっては千載一遇のチャンスに思えた。これを機に、ベルと少しは心の距離を縮めることができるのでは、と。
実際、調査へ行く前と後とではベルとの会話が増えた気がする。あの素っ気なかった従姉妹が、割と普通に話してくれるようになったと思う。葉月を含めた三人で、お茶を囲んでとても穏やかな時間が過ごせたのではないだろうか。
だから、彼女の父が王都からの調査団の一員としてグラン領に来ると聞いた時は飛び上がりそうになるくらい興奮した。尊敬する伯父でもあるジーク・グランは、冒険譚まで出回っているほどの英雄だ。勿論、憧れのヒーローとの再会も嬉しいが、何よりもベルとの婚約を再び交渉できるチャンスが来たのでは、と。
ベル本人の反応は今一つだが、父親から再婚約を勧められれば、気が変わるかもしれない。なんせ、彼女はとても父親を尊敬しているのだから。
なのになぜ、このタイミングでこの手紙がここにあるのだろうか。
ジョセフが小刻みに震える手に持っている手紙には精巧なデザインの薔薇の蝋封。明らかに王城から届いた物だ。宛先は領主である父の名になっていたが、なぜかジョセフの執務室へと届けられた。
よく見ると、”これはジョセフが対応するように” というメモ書きが付けられていた。父の自筆のメモに不思議に思いながらも開封した。読み終わった瞬間から手が震えて止まらなかった。
アナベル・グランの宮廷魔導師としての素質が認められたという通知だった。これがここにあるということは、ベル本人へも王城からの招待状は既に届いているはずだ。力ある魔法使いを領外へ出すことになる為に、領主への通知も同時に行われたということだ。
勿論、王城へ行くかどうかは招待された本人が決めること。領主である父にも強制はできない。けれど、王城側からすれば素質ある者には是非来て貰いたいから、領主が説得してくれ、という協力要請の意味合いも含めた通知だ。
「ふざけるな!」
両の拳を執務机にバンと振り下ろす。いきなりの大きな音と声に、部屋の片隅にいるアロンがビクリと肩を震わせた。
丁度良い、これについても伯父上に確認しないと、とジョセフは執務室を後にした。
領主本邸の応接室で父と向かい合って腰掛けていたのは、懐かしい伯父と、王城の役人らしき男。たった二人だけなのかと驚いたが、聞いてみるとアヴェンとシュコールに行く者とで調査団は途中で三つに分かれたらしい。それぞれに役人と魔導師の組み合わせが送り込まれているようだ。
「やあ、ジョセフ。元気だったかい?」
「ご無沙汰しております」
甥っ子の顔を見つけると、人懐っこく手を上げてジークが声を掛けた。ジョセフは胸に手を当てて頭を下げた。
「また娘が迷惑をかけてしまったようだね」
「いいえ、今回のはベルも被害者です」
「んー、まぁ、そうかもしれないけどね」
一通りの報告を終えて、役人と父が事務的な話をし始めたのでと、ジークと別の小部屋へと移動する。必要ならまた呼ばれるだろう。
「伯父上は、これから別邸へ?」
「ああ。ベルから呼び出されてるからね」
是非、僕も一緒にとジョセフが言い出す前に、「一人で来るようにって言われててね」と制される。
「そうですか。実はベルと僕とのことなんですが」
解消された婚約を戻したいと告げると、ジークは困ったような顔で笑ってみせた。久しぶりに会ったけれど、伯父は全く変わっていないように見えた。王都と領土では時間の流れが違うのではと思ってしまうくらいだ。今や父よりも伯父の方が若く見える。
「それに関しては、娘の意志を尊重してあげたいね」
「ベルも宮廷魔導師として王都へ連れていくんですか?」
「あー、それも娘次第だね。何も口出しする気はないよ」
親だからと将来を無理強いするつもりはないと、はっきりと言い切られてしまった。全ては本人の意思に従うと。
「じゃあ、娘に会いに行ってくるよ」
人懐っこい笑顔を向けると、見送りは良いからと一人でジークは小部屋から出ていった。元は彼の生家でもあるので、勝手知ったると迷うことなく歩いて行く。その後ろ姿へ、ジョセフはソファーに腰掛けたまま頭を下げた。