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鷹槻れん/鷹槻うなの

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#極道
鷹槻れん/鷹槻うなの

19,895
#白い結婚
夕凪ゆな
373
うめぼっち

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二日目の朝、柱の裏に、十時前から人が立っていた。
開店を待つ列、というほどの数ではない。五人。けれど、昨日は一人もいなかった場所に、五人いた。先頭は、鈴の根付の着物の女だった。
「おはよう。孫が、全部食べたの」
「……おはようございます。全部、ですか」
「十個。わたしの分がなかったわ。だから今日は、わたしの分から」
女は帯から財布を出しながら、名前を言った。久我絹江。本店に通い始めて五十年。会長の宗一郎とは、若いころからの知り合いだった、と。
「柳町のあのお店に、会長が連れて行ってくれたの。もう四十年も前。あなたのおじい様が包んでくれた」
ことはは、手を止めた。
「祖父を、ご存じなんですか」
「顔だけ。無口な人だったわ。あなたの手は、あの人の手と同じ動きをするのね」
母と同じことを言った。ことはは餅を千切って、包んだ。絹江は、それを十個買った。
◇
三日目、四日目。
列は、途切れない。
トイレに行く人が止まり、止まった人を見て通路の人が奥まで来て、奥まで来た人が、翌日また来る。源さんの手は休まず、ことはの手も休まない。六百は、四日目から三時前に売り切れた。
麗華は、来ない。催事場の入口の老舗の台で、ヒールの音だけが、日に二度、聞こえた。奥までは来ない。
蓮田は、毎日一度、柱の裏を通った。通って、売り場の数を帳面に書いて、ことはと目を合わせずに戻った。四日目に一度だけ、「柊屋さん」と言って立ち止まり、何も言わずに行った。
五日目の夜、ことはは店に電話をした。
「催事の間も、来てるわよ」
母は、聞かれる前に言った。
「朝一さん。毎朝六時半に、一つ。催事場で買えばいいのに、ねえ。並ばなくても買えるのに」
ことはは受話器を持ち替えた。
催事場では、六百が三時前に売り切れる。それでも、六時半の柳町に来る。並ばなくても買える場所を知っていて、柳町の店先に来る。
「初日も?」
「初日は……来なかったわね。あんたが五時に出て行った日。わたしがシャッター上げて、待ってたけど。次の日からは毎朝」
「変わったことは」
「ないわよ。いつもと同じ。帽子で、黒いコートで、二百三十円」
「……そう」
「あんた、催事で疲れてるでしょう。早く帰りなさい」
電話を切った。坂の上の家の食堂で、ことはは一人で夕食を食べていた。遼は、まだ帰っていない。
◇
遼が帰ってきたのは、九時過ぎだった。
食堂を通りかかって、ことはを見た。ことはは、箸を置いた。
「聞きたいことがあります」
遼は、立ったまま、戸口で止まった。
「一年のこと、誰かに話しましたか」
遼の顔は、動かなかった。
「俺が、話す必要がどこにある」
「麗華さんが、知っていました。初日の夕方、わたしに言いました。一年なんでしょう、って。期限が来たら、元の和菓子屋だって」
遼は、しばらく黙っていた。食堂の時計の音が、二人の間で鳴った。
「……西園は、漏らさない」
「では、誰が」
「本家が知っていることは、俺には止められない」
本家が知っている。本家、と遼は言った。麗華、ではなく。
「それは、どういう――」
「聞くな」
遼は、戸口の枠に手を掛けた。出て行くのだと、ことはは思った。
出て行かなかった。
「麗華が何を言っても、お前は妻だ」
遼は、ことはを見ずに言った。
「一年は」
言って、廊下に出た。書斎の扉が閉まる音がした。
ことはは、箸を取らなかった。一年は。一年は、妻だ。その先は言わなかった。
どう違うのかは、考えなかった。考えると、第七条の字が浮かぶ。
◇
七日目、最終日。
十二時前に、六百が売り切れた。
台の上に藍色の紙だけが残って、源さんが最後の木箱を重ねたとき、蓮田が来た。帳面を抱えて、いつもより早足で。
「柊屋さん。あの、七日間の数が、出ました」
蓮田は帳面を開いて、数字を見せた。四千二百。六百が七日。一つも残らなかった。
「催事の、全部の店の中で」
蓮田は、一度息を吸った。
「一番です」
ことはは、帳面の数字を見た。見て、源さんを見た。源さんは木箱の紐を結んでいて、顔を上げなかった。上げないまま、紐を結ぶ手が、一度だけ止まった。
「ありがとうございます」
「僕は、何も」
「数を、見せてくれました」
蓮田は、鞄を抱えた。抱えて、言いにくそうに、口を開いた。
「それで、あの。課長から、お話が」
「……麗華さんから」
「はい。柊屋さんと、常設の話をしたいと。来週、本店で。日は、柊屋さんのご都合に合わせると」
常設。
本店の売り場に、柊屋の台を置く。催事ではなく、毎日。
それを、麗華が言う。七日間、奥まで一度も来なかった麗華が。源さんを人件費の無駄と言った麗華が。
「来週は、父が退院します。金曜に」
「じゃあ、金曜の午後に、と課長に伝えます」
蓮田は頭を下げて、行った。
ことはは、空の台に手を置いた。
一番。常設。麗華が持ってくる話に、いい話はない。それは、七日の間に覚えた。
「源さん」
「ああ」
「麗華さんが、常設の話をしたいって」
源さんは、木箱を抱え上げた。
「おれは、餡を炊くだけだ」
それだけ言って、通路を歩いて行った。ことはは、空の台の上に残った藍色の紙を、一枚ずつ畳んだ。父が帰ってくる日に、麗華と会う。畳んだ紙の端が、指の中で少し折れた。
コメント
1件
最終日の「一番」の数字に、源さんの手が一瞬止まったところがじんわりきましたね。七日間ずっと奥まで来なかった麗華さんが「常設」の話を持ってくる——ことはさんの「いい話はない」という警戒が痛いほど伝わってきます。母との電話で出てきた朝一さんの黒いコートも、まだ何か隠れている予感。次が気になって仕方ないです。