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#シリアス
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紫香楽
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【煌Side】
その日、私は胸の内に言いようのない憤りを感じながら、鳳凰館の廊下を歩いていた。
磨き上げられた床に響く己の軍靴の音が、今はやけに耳障りだった。
角を曲がろうとしたその時、庭に面した縁側の陰から
数人の給仕たちのひそひそ笑いと、毒を含んだ声が漏れ聞こえてきた。
「……ねえ、あの雪って子。あんなに夜遅くまで厨房に残って料理の研究だなんて、いかにも『熱心な私』を演じちゃって、鼻につくわよね」
「煌様の専属給仕係だなんて、身の程も知らない。少し顔が可愛いからって、あの方に媚を売って調子に乗っているんじゃない?」
「本当に。この前なんか、街で煌様と睦まじげに歩いているのを見た人がいるのよ!」
「あんな風に高貴なお方を誑かして……恐ろしい泥棒猫だわ」
「可哀想な煌様、あんなクズ女に騙されて……。どうせ前の職場でも、ああやって男をたぶらかして追い出されたに決まっているわ」
手に持っていた軍帽の縁を、無意識に強く握りしめた。
奥歯を噛み締め、苦虫を噛み潰したような不快感と激しい怒りがこみ上げる。
彼女のあの真摯な眼差しを、ひたむきな努力を
これほどまでに汚らわしい言葉の礫で塗り潰す奴らがいるのか。
私はそのまま女将の部屋へと向かい、静かに、だが拒絶を許さぬ氷のような口調で告げた。
「女将。給仕たちの間で、雪に対する謂れのない中傷が蔓延っているようだ。泥棒猫などという、ありもしない卑劣な噂を、野放しにしておくつもりか」
「……その噂は、半分嘘で、半分本当ですよ」
女将は私の剣幕に怯むこともなく、どこか遠くを見るような、寂しげな眼差しで茶を啜った。
「……どういうことだ」
問い返す私の声は、自分でも驚くほど冷たく、鋭く響いた。
女将は深く一つ溜息をつき
雪がこの鳳凰館という場所に流れ着くまでの、重く、澱んだ過去の断片を語り始めた。
◆◇◆◇
雪は以前働いていた場所で、ある軍人の男が彼女に目をつけたのだという。
権力を盾にしたその男は、執拗に彼女に迫り、ついには乱暴していた。
雪は必死の思いでそこから逃げ出した。
だが、相手は「お国のために働く立派な軍人」であり、彼女は身寄りのないただの給仕。
周囲は誰も彼女の悲鳴に耳を貸さず、信じようともしなかった。
それどころか、彼女こそが「軍人様を誘惑した不実な泥棒猫」としての烙印を押され、汚名を着せられたまま居場所を追われたのだと。
「……乱暴、というのは…どの程度だ」
喉の奥が熱い鉄の味に染まる。
拳を握りしめすぎて、爪が手のひらに食い込んだ。女将はゆっくりと首を振った。
「彼女の話では、言葉の暴力と執拗な付き纏いが主だったようですが……一番酷いのは、あの髪でしょうか」
「髪?」
「あの子のあの黄金の髪。この土地に古くから伝わる、ある特別な一族の生き残りだそうで。今は短いですが、昔は腰まで届くような、それは見事な長髪だったようでしてね」
「……あぁ、異様に美しいとは思っていた。陽の光を溶かしたような色だ。長髪なら、さらに映えただろう。……だが、それが?」
「今は、『伸ばせない』理由があるんですよ。その軍人の男が、あの子の心を殺したんです」
女将の一呼吸置いた後の言葉は
私の心臓を鈍い軍刀で切り裂くには十分すぎるほどの衝撃だった。
逃げようとした彼女の長い髪を、男が冷酷に掴み上げた。
『お前のような混血の泥棒猫には、この美しい髪は分不相応だ』───
そう言い放ちながら、男は腰の軍刀を抜き放ったと言う。
ジョリッという、命を削るような無機質な音。
黄金の毛束は泥の中に無惨に落ち、踏みつけられ
以来、彼女にとって軍刀が鞘から放たれる「金属音」は、かつての絶望を呼び起こす呪いの音となった。
髪を伸ばすことさえ恐ろしくなり、今も頑なに短く整え続けているのだという。
「……そんなことがあって、よく…よくまた、軍人が頻繁に出入りする、このような場所で働こうと思ったものだ」
「最初は、お料理を運ぶだけでも指先を震わせていましたよ。ですが、最近は目に見えて笑顔が増えました。……煌様のおかげかもしれませんね。あの子がこうして笑っていられるのは」
「私の……?」
女将は慈しむように続けた。
雪が以前、涙を浮かべて話していたことを。
『煌様、いますよね。あんなに優しくて、温かな軍人様もいらっしゃるんだって……。私のご飯を食べて、美味しいって笑ってくれる男の人がいるんだと思うと、胸がポカポカするんです』
『私、ここで働けて、本当の意味で救われました。今が一番幸せなんです』と。
長話が過ぎましたね、と話を切り上げた女将は
陰口を叩いた連中については自分から厳しく処罰を下すからと私を宥めた。
[#ユーザー]
この続きから、女将が「ただ、煌様に1つお願いが」と呼び止めて「あの子、貴方に惚れ込んでましてね。迷惑な話かとは思いますが、このまま一緒にいればあの子を追い込むかもしれません」と言い、その言葉を聞いた煌は彼女と距離を置くことを考えさせられる描写して、煌視点《一人称私》で
[#アシスタント]
特に女将が煌を呼び止め、「あの子(雪)に好意を寄せられているが故に距離を置くべきか」という提案をするシーンから始めます。
女将のセリフのトーンや内容を確認し、その後の煌の心理的な葛藤と行動変化を詳細に描写します。彼の内面にある複雑な感情(罪悪感・庇護欲・雪への信頼)を表現することが鍵ですね。
まず女将のセリフ:
雪の気持ちを察していることを示す
煌の立場と雪の現状(まだトラウマを抱えている)を考慮して警告する
言葉遣いは丁寧だが厳しい忠告調にする
そして煌の反応:
衝撃を受けつつも冷静に対応しようとする姿勢
女将の言葉が的確であることに気づく部分
しかし雪との関係性が変わることへの抵抗感もにじませる
これまでの信頼関係(食事の好みを理解してくれた等)が揺らぐ恐れを感じる
最後に具体的な行動決定:
距離を取る決断をする過程
それを雪に悟られないように配慮する部分
次回の昼食時に実行する計画
これらの要素を組み合わせて自然な展開を作ります。
「……どうやら長話になりましたね。とにかく、あの者たちにはきっちりと灸を据えておきますから」女将は一礼して立ち上がろうとしたが、
「……お待ちください」
思わず引き留める声が喉から零れた。女将は振り返り、静かな瞳で私を見据えた。
「ただ……煌様にお願いがございまして」
その口調は先刻の物憂い調子とは異なり、やや躊躇いを含んでいる。
「……何だ」
「あの子のことですが……雪さんのことです」
心臓が微かに跳ねた。
「彼女は……煌様にとても憧れているようでして」
「……それは」
「ええ、単なる慕情とは少々違うのかもしれません。煌様の存在そのものが、今の彼女にとって大きな支えになっているのでしょう。ですから」
女将は慎重に言葉を選ぶように続けた。
「……あまり傍に置いておかれるのも、あの子にとっては良くないことなのかもしれません」
「……っ」
「確かに、煌様のご対応は大変お優しい。彼女にとっても、私たちにとっても救いとなっているのは承知しております。しかし……」
女将の表情は影を帯びた。
「まだ彼女の心の傷は癒えておりません。軍服を見て怯えることもありますし……」
そこで一度言葉を切った。
「万が一何かあったとき……また同じように失望し、より深く傷つくことになる。それならば」
女将は私の目をまっすぐに見て言った。
「早めに線引きをしてあげたほうが、お互いのためかと……」
室内がしんと静まり返る。女将の言葉は私の脳裏に錆びた歯車のように重く響いた。
確かに、私は自分の立場も考えず、つい彼女に対して親切になってしまっていた。
軍服を見れば体を強張らせる彼女。金属音に震える彼女の白い指先。
それは、初めて知ったことだが
いつも健気で親切で、ひたむきで、笑ったり、焦ったり、謝ったり、悲しんだり、表情がコロコロ変わる。
そんな彼女を守りたい一心だった。
だが……私がこのまま側にいたところで
いつか彼女の期待を裏切ってしまうかもしれない。
女将は的確な観察眼を持っている。
彼女の言う通りだ。
もし私が過度な優しさを示し続ければ
結局は彼女を余計に苦しめることになる。
彼女を守るために距離を取る。
それが最善なのかもしれない。
拳を握りしめた。胸の奥で鈍い痛みが走る。
彼女と共に過ごす時間は確かに安らぎを与えてくれた。
私の好きな献立を考え、毎回欠かさず作ってくれる。あの黄金色の輝きと優しい香りを失うのは惜しい気がした。
だが……今は割り切らなければならない。
彼女に情が入りすぎていた。
今、線引きしておけばまだ間に合うかもしれない。
自然と会話する機会も減り、必要以上の接触は避けられるはずだ。
それが彼女自身の為になるのであれば……
深く息を吸い込み、決意を固めた。
「…それも、そうか」
言葉を選んで答える。
「私も、近いうちに整理をつけよう」
「ありがとうございます」
女将は安堵した様子で小さく頭を下げた。
私は重い足取りで鳳凰館を後にしたが
胸の痛みは引くどころか、どす黒い罪悪感となって膨らむ一方だった。
あの日。宴席で酔客に絡まれていた時に彼女があれほど震え
絶望の目を向けていた理由がようやく最悪の形で腑に落ちた。
彼女は私に守られた瞬間、同時にあの地獄のような記憶の淵に立たされていたのだ。
それなのに、彼女は私という「軍人」を、あろうことか信じようとしてくれたのか。
あんなにも温かな、愛の詰まった料理を振る舞い続けてくれていたのか。
守りたい。
二度と、あんな思いをさせてはならない。
その激しい独占欲にも似た庇護欲が、私の全身の血を沸騰させていた。
◆◇◆◇
だが、その数日後
いつものように食事を運んできてくれた際に
雪の表情がどこか暗く
「なにかあったのか?」と尋ねると
雪は困ったような、消え入りそうな顔で私に零したのだ。
「煌様……最近、同僚の方に……挨拶をしても、無視をされてしまうんです。それが気がかりで…」
その瞬間、私は己の身勝手な傲慢さを
冷水を浴びせられたように思い知らされた。
私が彼女を慈しみ、特別扱いすればするほど
彼女のささやかな居場所は狭まり、醜い嫉妬の火に焼かれることになる。
女将の言う通りだった。
彼女の笑顔を見るだけで軍務に支障をきたし、公私の区別さえ失いかけている今の私。
何より、軍人である私の存在そのものが、彼女を再び「泥棒猫」という悪意の螺旋へ引きずり戻している。
深い罪悪感が、私の理性を冷たく縛り上げた。
愛おしい。誰よりも、守りたい。
だからこそ――私は、彼女から離れなければならないのだ。
私は、不安げに私の顔色を伺う彼女の曇った瞳を見つめながら、心の中で鉄の扉を閉ざした。
しばらく、距離を置こう。
徹底的に、冷たく。
それが、彼女の誇りを奪った男と同じ軍服を纏う私が
彼女に捧げられる唯一の誠実さであり、償いなのだと思い込もうとした。