《アバレー王国 アオイ家》
「しっかし、ようこんな場所に住んでおったものじゃ……しかも、こんな山奥に建てる必要、まったく無いと思うのじゃが」
「仕方ないでしょ。家作りなんてしたことなかったし……むしろ素人なりに考えて、小さな部屋と“外に百人乗っても大丈夫な倉庫”を作ったんだから、すごい方なんだよ? 場所に関しては……うん、まぁ色々あるんだよ」
夜の空気が静かに流れる、時刻は二十二時。
アオイとルカは、アバレーの山奥――アオイの手作りの“家”へと戻っていた。
内部は実に質素だ。
床はどこかで買ってきたらしいベニヤ板を敷き詰めただけ。
壁は丸太を隙間なく打ち込んで並べており、屋根も床と同じくベニヤ板が乗っているだけという簡素っぷり。
……だが、それでも雨風も虫の侵入も防げているのは、部屋中に貼られている魔力加工済みの【魔皮紙】のおかげだろう。
最低限の家具類も揃っていて、見た目よりは生活できる環境だった。
「にしても、なぜ仮面などつけておるのじゃ?」
「これ? これは……」
アオイは、自分のつけている白い狐の仮面を指で軽くなぞる。
「……いや、それよりルカの話が先でしょ?」
そう言いながら、アオイは木製の椅子に座るルカに湯気の立つお茶を差し出した。
「僕の中にいる“女神”について」
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《数時間前 ライブラグス砂丘》
【流石だね』
「えぇ、確かに」
圧倒的な力で魔王をねじ伏せていくヒロユキの姿を、アオイとキールは少し離れた場所から見守っていた。
【キールさん、ヒロユキ君への援護はまだ出来そうですか?』
「大丈夫だ。後は私が目を離さなければ、ヒロユキ殿がやられることはない」
【うん、頼みました』
その時、アオイの胸ポケットに入っていた通信用魔皮紙が小さく震えた。
【ん?』
{アオイ、何してるのじゃ}
【え?何って……見てる?だけだけど』
{それなら近くにワシが地下シェルターを作ってるのじゃ}
【うん、ん?』
{お前はバカかなのじゃ。そこの騎士は今、一応安全をかねてお前を通して戦況を確認しておる。無駄な魔力を使わせるより、ワシらは隠れていた方が良いのじゃ}
【あぁ!確かに!』
{解ったなら早くくるのじゃ}
【うん』
「私なら構いませんが」
【ありがとうございます。でも、もしもがあると恐いので行きますね』
「はい。魔力の消費量から見ても、こちらには魔眼の力は使っていないようです。今なら私の魔法の範囲を離れても問題ないでしょう」
アオイはキールの元を離れ、魔皮紙を通じて誘導されながら、ルカの作った簡易シェルターへと向かった。
中は何もなく、真っ暗なただの空間。
「来たか、アオイのじゃ」
【うん、あの様子だと……大丈夫みたいだね』
「うむ、ならば行くのじゃ」
【行くって……どこに?』
「ここから離れるのじゃ。あの勇者に任せておけば、この場に居続ける必要など無いのじゃよ」
【いやいや、帰るならみんなででしょ?僕だけ先にって……』
「…………」
ルカは一瞬だけ、口をつぐんだ。
【ルカ?』
「選べ、アオイ」
【……え?』
「このままワシについてくれば……お前の中にいる『女神』について、教えてやるのじゃ」
【っ!? な、なんでそのことを……!』
アオイの中にいる『女神』――
それはアオイ自身すら掴めていない存在。
その言葉がルカの口から飛び出したという事実に、アオイは思わず息をのんだ。
「時間はないのじゃ。決めるがよい」
アオイは、一瞬だけ迷い――だが、頷いた。
【……わかった。行こう、ルカ』
今、アオイが欲していたのは“答え”。
ならば、選ばない理由なんて――最初からなかった。